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1.失った者と残された者


「--っ!!」




 病室に入った私は、目の前のハロフさんの姿に言葉を失った。




 全身には包帯が巻かれ、左腕は欠損。頭部から右目にかけて巻かれた包帯からは微かに血が滲み、その姿は誰が見ても痛ましく、一人静かにベッドの上で寝ていた。




「ハロフ……部隊長……」




 私は思わず涙を流してしまった。




 幼い頃から入隊した私を手塩にかけて召喚士として育ててくれた恩人。


 誰よりも勇ましく、誰よりも強かった。




「そんな顔をするな、オーロ」




 ハロフさんが、私に優しく声を掛けてくれる。




「それに、私は元、部隊長。今は君が召喚士部隊を引っ張る立場だ。気持ちは有難いが、ここで泣いている暇はない」


「しかしっ……」




 そんな人が今、こうして目の前で変わり果てた姿になってしまった事が耐えられないほど、辛かった。




「先の敗戦で王国の民は皆、絶望に伏している。敵が襲ってきた時、率先して民を守る事が出来るのは五体満足である兵士のみ。その意味は分かるだろう?」


「……はい」




 ハロフさんの左目が鋭く私を見ていた。


 そして、その視線は私からハロフさん自身の左腕へと、ゆっくり移る。




「この姿になったのは私自身の落ち度だ。力不足だったことに過ぎない」


「それほどまでに……強敵だったのですか……?」


「あぁ、恐ろしく」




 即答だった。




「会敵した瞬間だった。私が召喚獣を呼び出そうとしたと同時…私の腕が切り落とされた。何が起きたのか、奴が何をしたのかさえ分からなかった」


「そんな……」




 私はハロフさんの言う事がとても信じられなかった。いや、信じたくなかった。




 現役最強と謳われた召喚士が何も出来ず一瞬で……?




「そして私は前線から撤退。奴の手先達の追撃から辛くも逃れ……こうして今に至る」




 そう話すハロフさんの顔はとても悔しそうだった。




 きっと、ハロフさんを逃がす為に自ら盾となった仲間達もいたのだろう。


 作戦に則った配置だったとはいえ、その場に居合わせることも、駆け付けることも出来なかった私は、自分の上着の裾を強く握り締め、下唇を嚙んだ。




「聞くところによると、他部隊も我々と同じように多くの犠牲者を出したようだ。メルクーリオも重傷を負い、私と同じようにここで治療を受けている」






 敵の手によって陥落した、-水の都 リーハ・マイン-




 都市全体が瘴気に侵食されていた中、最後まで怪我人の治療を行っていた彼女は瘴気に毒され昏睡し、侍女の手によって命からがら戦地から逃れたことは私の耳にも届いていた。




「メルクーリオさんの容態は……」


「分からない……。ただ聞いた話によると、戦禍の中、長時間も喉を酷使した為か瘴気が彼女の喉に呪・い・として定着してしまったらしい。たとえ復帰したとしても、以前のような力はもう……」


「どうしてそこまでして……」




 レグノ王国軍治癒士部隊長 カスピーツ・メルクーリオ




 別名「青髪の聖女」と呼ばれる彼女は、他の治癒士と違い、歌・声・にマナを乗せ、喉を媒介として治癒術を行う力を持っていた。


 その力は奇跡とも言われ、どのような治癒術よりも凄まじく、薬では治らない重い病を抱える者でもその歌声を聴けばたちまちに快復したと。




 私も一度、リーハ・マインで行われた彼女のコンサートに足を運んだことがあったが、その歌声はとても神秘的で、彼女の歌声が聴こえてきた途端に会場の中はマナの光で溢れ、子どもからお年寄りまで、皆彼女の声に癒されていた。




「彼女の力は王国領全ての民から求められていた。故に彼女は日々、自らの身体を無理させながらも地方を含めあちこちを行脚し、治療に当たっていた。リーハ・マインは彼女の故郷でもあったのだ、今回もきっとそのように……」




 ハロフさんとメルクーリオさんの損失。


 このことはレグノ王国軍にとって、とても大きな打撃だった。




 メルクーリオさんについては、特に国民からの信頼も厚かった為、士気の低下は甚大なものとなっていた。




「敵は……」




 重苦しい雰囲気の中、私はこれまでずっと気になっていたことを尋ねてみた。




「敵は、なぜ王都まで攻めこまなかったのですか?」




 そう、此度の侵攻でレグノ王国軍は壊滅にまで追い込まれたにも関わらず、敵が王都まで攻め込まなかった理由。




「分からない」




 ハロフさんが難しい顔をする。




「ただ」


「ただ……?」


「一つ、気・に・な・る・ことを聞いた」




 ハロフさんはゆっくりと上半身を起こす。




「私が敵の手から逃れている間に敵将と交戦していた仲間からだ。奴らは途中まで追ってきていたのだが、いきなり追撃を止め途端に引き返した。その時、奴はこう言っていたらしい。”定着まではまだか”、と」


「まだ……?」




 一体なんのことだろう……。


 私は敵の本意が分からず、眉間にしわを寄せ困惑する。




「私も聞いた時は君と同じような反応をしたさ。奴らの目的は分からない。だが、次に現れた時は恐らく……敵の全てが万全な状態として成った時なのだろうな」




 ハロフさんの話を聞き、私は自分の血の気が引いていくのを感じた。




 つまり、ハロフさんを一瞬にして手負いにした敵が”まだ”本気じゃなかった、ってこと……?


 じゃあ次来た時はどうしたらいいの……?




 もうハロフさんは戦えない、私だけで召喚士部隊を引っ張っていかな「オーロ」




「っ!」




 ハロフさんの声が部屋に響く。


 私はハッとし、顔を上げハロフさんを見た。




「一人で抱えようとするな。我々にはまだ、戦える仲間がいる。それは兵士も。そして、召喚獣もだ」




 ハロフさんが私に力強く言葉を掛ける。




「困った時は周りを頼れ、いつも訓練で言っている事だろう。余裕を持て、なんて無責任な事は言えない。だが、己を追い詰め視野が狭くなるぐらいなら誰かに全てを委ねろ。何かあった時、大切な人でさえも守る事なんて出来ないぞ」


「……はい」




 それでも、私はただ頷く事しか出来なかった。




「ふっ……」




 すると突然、ハロフさんが顔を和らげ静かに笑みを零した。




「そういう所は昔から変わらないな」


「すみません……」


「いいのさ」




 ハロフさんが窓の外を見る。




 外はもう既に日が暮れようとしていた。




「何度も言うが、君の才能はレグノ王国軍召喚士部隊が設立されて以来、過去最高のものだ。既に実力は私よりも上、自信を持て。必ず、君の力が国を、民を救ってくれる」




 そして再び、私の眼をじっと見つめ。




「信じているぞ」




 そう言葉を掛けてくれた。




「……はいっ」




 その時、少しだけ。


 ほんの少しだけ、視界が広がった気がした。




「さっ、もうこんな時間だ。わざわざ見舞いにきてくれたこと、感謝する。そろそろ夜警の任務だろう? 気を付けて」


「ありがとうございます、ハロフさん」




 私はハロフさんに礼をいい、静かに病室から出た。




* * *




三人称視点




「……どうか、無事であってくれ」




 オーロが病室から出た後。


 ハロフは愛弟子の身をただただ心配し、病室の窓から暮れゆく夕陽を眺めるのだった。

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