シェーメ・オーロ視点
"いつか、あなたの力で大切な人を守る時がくる。どうかいつまでも、健やかに。私の愛しの"
それが、母が私に遺した最期の言葉だった。
昼下がりの城下町。
私は、ハロフ
荷台に家具を載せて走る人。
転びそうになる小さな子の手を取り、急ぐ母親の姿。
すれ違う人々はみな慌ただしく、その表情は焦燥と憂慮の色に染まっていた。
一週間前のあの日。
同盟国の兵士に化けたエセクにより各戦場は混乱に陥り、瞬く間に私達レグノ王国軍は壊滅。
魔族軍は王都まで侵攻をしなかったものの、レグノ王国領の大多数を占領。
多数の犠牲者が生まれた過去最悪の戦となった。
同盟を結んでいた地球軍とも国交を断絶。
「人魔間不可侵条約」が破られて以降、とうとう完全に打つ手が無くなったことに、国王をはじめ、レグノ王国軍、国民の皆は絶望の淵に立たされ、いつ滅ぼしにくるか分からない魔族の手に怯えることとなった。
”シェーメ・オーロ、貴殿をレグノ王国軍召喚士部隊長に任命する”
私はレグノ王国領辺境伯シェーメ家の一人娘として生まれた。
母は幼い頃に病で亡くし、父の手により育てられた。
父は辺境伯爵として、レグノ王国と同盟関係であるエルフ国と、今は無き獣人国と連携し国境防衛を務めていた。召喚士としても名のある人物であった為、幼い頃から私は父の近くで様々な召喚魔法を見てはその姿に強い憧れを抱いていた。
ある日、いつものように父の召喚魔法を見ていた時だった。
父が召喚した召喚獣が私の元へやってきたので、私はその召喚獣に触れようとした。
その時。
「っ!?」
突然、伸ばした手の平から白く暖かい光が現れ、その光は私の手から離れると、目の前の召喚獣の胸の辺りに吸い込まれ、消えていった。
父はその光の正体がマナだと気づくと、慌てて私を家の中へと連れ帰り、すぐに王都へ連絡。そのまま私は父と共に王都の召喚士部隊の元へ向かうことになった。
【マナを生み出すことが出来る能力】
その後、王都の研究員たちの調べによって判明した私の力。
私達アレット人は、この星に存在するマナを得て生きる、消費者としての立場。
けど、私の力はその立場からは全く逆のもの。
この世でマナを生み出すことができるのは、エルフ国に存在する生命の樹のみ。
この出来事は瞬く間に国王の耳に届き、すぐに父は王宮へ呼び出され、そして会合により、私は幼くして召喚士部隊に入隊することが決まった。
「御勤めご苦労様です。王国軍召喚士部隊シェーメ・オーロ。ハロフ氏の面会に参りました」
私は王立病院に着き、門兵に左胸のバッジを見せ中に入る。
「っ!!」
王立病院の中は多くの怪我人で溢れかえっていた。
想像を絶する痛みに苦しむ者。
戦いによって酷く精神がやつれた者。
か細い声で誰かの名前を呼び続ける者。
「ひどい……」
私は目の前の残酷な光景に心を痛めた。
怪我人の傍では治癒士部隊の方々が、懸命に治療に当たっていた。
彼らの邪魔になってはいけないと、ハロフさんの病室を探しに私はその場を静かに離れた、その時。
「シェーメ召喚士部隊長っ!」
一人の治癒士部隊員が私に気付き、慌てた様子で近づいてきた。
「御勤め御苦労様です。このような場所にいかがしまして……」
「すみません……。ハロフさんのお見舞いへと……」
私は治療に当たっていたはずの部隊員の方の手を煩わせてしまったと、思わず申し訳ない気持ちになって――。
「左様でございましたか。ハロフ様の病室はあちらになります」
部隊員は親切にもそう言い、奥の部屋を案内してくれた。
「ありがとうございます」
私は部隊員にお礼を言い、少し足早に向かう。
"敵将との交戦中に重症を負い撤退されました"
あの時の知らせが今でも耳に残る。
私は病室の前に着き、目の前の扉を二回叩く。
「……どうぞ」
扉の先からは幼い頃から聞き慣れた声が。
心臓の鼓動が早くなる。
「失礼します」
私は覚悟を決め、部屋の中へと入っていった。