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Epilogue


―エレマ隊本部制御室-



 大規模魔族侵攻、予測の日より三日前。


 各地へ配置されたエレマ部隊の状況を確認する為、井後は目の前のメインモニターに集中していた。


 その日が一刻と近付くにつれ、井後とその他エンジニア達の表情は厳しいものとなる。


 特に井後については、今回の魔族侵攻にてレグノ王国側の勝利をもたらさなければ、今後の―エネルギー再生計画-に甚大な影響が及ぶことも承知している故、それが大きな重圧としてその身にのしかかっていた。


「井後総隊長」


 そんな井後を察してか、先ほどから傍で共にメインモニターを見ていた荒川が心配そうに声をかける。


「すまない、少しばかり気負い過ぎているようだ」


 声を掛けられた井後はメインモニターから目を外し、眉間に指を当て小さくため息を吐く。


「無理もありません。政府はマナの調達を今後も持続させる為、戦に勝ってこいと簡単に言いますが、実際はかなり難しい状況。総隊長に今後の日本の命運がかかっているようなものですから」


「それでもやるしかない」


 井後は再びメインモニターに目を向けた。


 その時。


「総隊長!」


 一人のエンジニアが慌てた様子で井後を呼ぶ。


「どうした」


「はいっ! 只今、レグノ王国よりレム王から直々に連絡がきております!」


「レム王から……?」


 意外な人物からの一報に井後は驚く。


「急ぎ、繋いでくれ」


「畏まりました!」


 すぐに井後は指示を出し、レム王からの連絡に応じる。


 各駐屯地を映していたメインモニターが王室へと切り替わる。


「レム王、見えてますでしょうか、井後です。如何いたしましたか」


 そこには笑顔を見せるレム王が。


「-急に連絡してしまい申し訳ない。いや、井後殿に感謝をしようと思ってね-」


「感謝、ですか……?」



 ――――何の、ことだ…?



「申し訳ありません、レム王。私は感謝されるようなことは何も……」


 井後にはレム王の言葉に全く心当たりなど、どこにもなかった。


「-なに、そんな勿体ぶらずとも、貴方はいつもながら謙虚なお人だ-」


 しかし、相変わらずモニターの向こうではレム王が満悦な笑みを浮かべる。


「(話が、見えてこない……)」


 レム王の話に対し理解が出来ずにいた井後は、思い切って直接用件を尋ねる。


「レム王、先ほどから話が全く繋がらないのですが、そちらで何かあったのでしょうか」


 そんな井後の発言に対し、レム王は少し拗ねたような顔を向け。


「-む、井後殿が命じたのだろう?-」


 そして。


「……何を?」


 次に放った言葉は。


「-レグノ王国領”全て”の街、村への防衛兵の派遣をエレマ隊で行うことを-」



「(……………………は?)」



 井後にとって、天地がひっくり返っても信じられないような内容だった。


「いやぁ、それにしてもこの土壇場で何たる英断をされたことか」


 一瞬にして頭が真っ白になる井後。

 だが、そんな様子に見向きもしないレム王は上機嫌に喋り続ける。


「-既に各地の王国軍兵士達から井後殿への感謝の言葉が大勢届いておるというのに-」


「い、いや。レム王……私は何も」


「-何故わしには何も連絡を寄こさなかったのだ-」


「ですからレム王、その件について私は」


「-これでようやく兵力不足も解消され、被害も当初よりかなり抑えられそうだ。本当に井後殿には感謝している。ありが-」


「レム王っ!!!!!!」


 話を全く聞かないレム王に対し、先ほどからの混乱も相まってか井後は思わず怒鳴ってしまえば。


「--っ!?」


 そんな井後の怒鳴り声に対しレム王も思わず驚き、ようやく口を閉ざしたその時。


「-レム王っ!!!-」


 突如、レム王の後ろから側近のユスティが現れる。


「-ど、どうした。そう慌てて-」


 酷く狼狽するユスティに対しレム王は何があったかと尋ねると。


「-はぁ……はぁ……奴らが…………-」


 ほぼ同時、ユスティはレム王が井後と通信中であることに気がつく。


「-全員……奴らだったのです…………-」


 そして、画面越しに井後を睨み。


「-増援の”全て”、エレマ隊に化けたエセクでしたっ!!!-」


 吐き捨てるように叫ぶ。


「「っ!!!!??」」


 ユスティの言葉に井後とレム王は驚愕する。


「-ど、どういうことだっ!? 井後殿、どうなっている!?-」


「ですから私は何も!?」


「-こいつらが初めから仕組んでいたのです!! 我々を油断させ、一部に偽物を紛れ込ませていたのです!!!!-」


「(ば、ばかな……)」


 井後はユスティの話に言葉を失う。


「井後総隊長!」


 その時、傍から荒川が慌てた様子で井後に駆け寄る。


「たった今、各駐屯地にてエレマ隊員に対し民間人が暴動を起こしていると報告がっ!」


「(誰が……誰がこんなことを……)」


「現場は大混乱に陥り、エレマ隊員の中にはエレマ体の損傷が激しい者も出ていると!」


「(俺ではない……俺では…………)」


「撤退の指示を!! このままでは帰還出来なくなる隊員がっ!」


 荒川が叫ぶ。


「-既に各地では多数の死者が出ており、壊滅した部隊もっ!!!-」


 画面の先では涙ながら必死に現況を伝えるユスティと。


「-井後殿……-」



 ――――裏切ったのか、と。



 そう、言わんばかりに井後を見るレム王が。


「撤退だ……」



 ――どうして、こんなことに…………



「全軍、今すぐに撤退せよ」


 その日、レグノ王国軍は各地で起こったエセクによる同時奇襲により壊滅。


 後に異世界アレットでの人族の領土は魔族軍によりあっという間に全領土の7割を支配されることとなる。




-水の都「リーハ・マイン」-


「メルクーリオ様! これ以上のマナの使用はお身体に障ります! ここはもうダメです! 瘴気がこの都市を覆ってしまう前に早くお逃げください!!」


 異世界アレットにて最も美しかった街並みは今や、ほとんどが戦火と瘴気に飲まれてしまっていた。


 駐在軍のほとんどが撤退。

 迫りくる瘴気の中、逃げ遅れた人々の手当てする青髪の聖女が一人。


「いいえ、まだ私はこの方々を手当てする義務があります。これ以上の犠牲者は出させません。あなたこそ早く逃げ……ッ!」


 一体どれほどの怪我人を手当てしたのだろう。マナを酷使し続けた彼女の身体はとうの限界を超えていた。


「メルクーリオ様っ!!!!」


「カハッ……! ゲホッ……! ……ハャ……ㇰ……ニゲ…………」


 更には長時間瘴気が立ちこめる中での治療の影響か、彼女の喉は瘴気の汚染により紫色に染まり始めていた。


「--っ! 喉がっ…………メルクーリオ様、お許しくださいっ!」


 メルクーリオの侍女は倒れ込む彼女を抱え、転移術により都市を脱出。


 その後、都市「リーハ・マイン」は魔族軍により完全に支配されることとなる。




-エルフ国「フィヨーツ」近辺、野戦場-



「お伝えいたします! 戦況、我が軍は敵軍に対し苦戦、最終防衛ラインまで撤退を余儀なくされています! なお、交戦中、ハロフ部隊長が敵将の攻撃を受け重傷を負い撤退、現在治療中となっております!」


「部隊長がっ!? そんなっ……!」


 エルフ国周辺の防衛として充てられていた召喚士部隊に激震が走る。


 王国現役最強の召喚士と言われるハロフ部隊長の負傷と撤退。

 伝達を聞いた周りの兵士達からも動揺の声が挙がる。


「まさか各地に敵の潜伏者がいたとは」


「--っ! リフィータ様!」


 エルフ国の国境に沿って張られる結界の中より歩み現れる三人のエルフ。内1人の御老人が言葉を漏らす。


 その者こそ、此のエルフ国現王女リフィータ・シェドーヌ。


「人族の軍配備は万全ではなかったのか? それで、今の戦況はいかがして」


 王女は傍にいた栗色髪の少女を一瞥し、遠くの戦場を眺めながら問う。


「…………現在、わが軍は敵軍に対し苦戦中、間もなく最終防衛ラインまで撤退の動きとなっております。敵の数は序盤より減少しているも各地での反逆もあり、とても厳しい状況です……」


 少女の額には、汗がにじむ。


「反逆、か」


 少女の話を聞いた王女は戦場から目を離すと、辺りに転がり込む死体を見る。


「ここにも幾人か送り込まれていたが、そなたの力によって被害は最小限に抑えられた。マナの流れを見る事ができる眼、マナを”作り出す”ことが出来る能力。やはり人族の軍より我が軍門に下らぬか?」


「……お断り申し上げます」


 少女は依然厳しい表情で王女からの勧誘を断る。


「それに、については秘匿のはずです。このような場でお話するのはお控えください」


「……釣れないものか」


 王女は少女からの返答に、さぞつまらないといった顔を見せる。


「リフィータ様、そろそろ」


 その時、王女の側近と思われる男が現れ声を掛ける。


「うむ。ではシェーメ・オーロよ、生きていたらまた再び」


「……はい」


 王女は少女にそう言うと、側近と共に結界の中へと戻っていった。


「ハロフ部隊長…………」


 少女は胸元のペンダントを掴み、上司の安否を心配する。


 戦場を遠く見つめるその金色の眼は、次第に憂いへと染まりゆくのであった。





 -ディニオ村 消滅後-



 ――――どうして……



「…………」



 ――――どうして、こうなった……



 村の高台から、彷徨う亡霊のように歩く少年。


 大量の雨が、無情にも彼を打ち続ける。


「ここは…………」


 目の前には広がるは、断崖絶壁。


 気付かぬうちに、空宙は森の奥深くまで来ていた。


「やはり……お前だったのか」


 すると、その時。


「だ、ダルク……村長…………?」


 声に気付き、後ろを振り返る空宙。


「お前がこの村に来た時、奴らをおびき寄せたんだな」


 そこには血まみれになったダルクが。


「--っ!! ち、違う……俺じゃないっ!!! ……俺じゃ」


「黙れっ!! お前のせいでこの村も、全て、めちゃくちゃだ……!」


 ダルクは全身を震わせながら空宙を睨む。


「許さんぞ……」


 憎悪と憤怒で満ち満ちて。


「この森にはな……決して近づいてはならない場所があってだな……」


 だが、その顔は。


「その崖の下……」


 すぐに歪んだ笑みへと移り変わり。


「堕ちた先には何があるかなぁ……?」


「っ!!!」


 マナが集う両手が地面に触れる。


「”グランド・デスト”!!


 触れた先からは地割れが起こり、それは激しい揺れと共に辺り一面に広がっていく。


「そ、そんなっ!?」


 そして地割れは一瞬にして空宙の足元にも届き。


「う、うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


 大きな音と共に地面は崩落。空宙は為す術なく見えない底に落ちていった。





 地下に広がるは巨大な洞窟。


「うっ……」


 そこは過去に幾人もの猛者達が入っては二度と帰ってくる事は無かった危険域。


「こ、ここは……」


 抵抗する手段を持たぬ者が入ってしまえば最期。


「っ!」


 獲物に忍び寄るのは幾多の影。


「な、なんだ……?」


 それはどのような形にも変異し。


「う……嘘だ…………」


 無論、にさえも。


「やめろ……やめてくれ…………」


 無数の影が襲い続けるその洞窟は、こう呼ばれた。


「ああああああああああああ!!!!!!!」





 冥国の牢みょうこくのろうと。

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