空宙視点
「……うっ」
あれから、どれくらい気を失っていたのだろう。
「くっ……!」
俺は、激しい痛みに目を覚ました。
「こ、ここは……」
確か、任務中に後ろから襲われて……
「--っ!」
俺は、エセクによって刺された腹に慌てて手を当てた。
けれど。
「治ってる……」
そこは確かにエセクによって貫通され大量の血を流していた。だが今は傷跡もなく完治していた。
「くぅっ……!」
それでも、激しい痛みだけはしっかりと残っていた。
"さて、村の方はそろそろですかね"
その時、俺は真淵に化けたエセクが言っていた事を思い出す。
「……っ! 村がっ!!」
俺はエレマ隊が全員エセクである事を早く伝えようと、急いで村の方へ向かった。
「も、もうすぐだ……」
暫く歩いた先、森の出口が見えてくる。
「早く……」
少しでも早く。
「ここを抜ければ……」
村の人達に伝えないと。
「--っ!!」
だけど。
「そ……そんな…………」
森を抜けた先に見えた光景はあまりにも悲惨だった。
村の柵はあちこち壊され、至る所からは火の手が上がり、遠目から見ても既に門の辺りで村人が何名か倒れているのが分かった。
俺は急いで村の入り口の方まで駆け、倒れている村人を助けようとした、が。
「--っ!」
既に息は無く、胸の辺りには俺が受けた傷と同じような穴があった。
「嘘……だろ……」
他に倒れている村人も起こしたが、皆同じ傷を受け死んでいた。
「なんで、こんな……」
目の前の惨状に、頭が真っ白になる。
「キャアアアアアッ!」
「っ!!」
その時、どこからか悲鳴が上がった。
俺は我に返り、声がした方へと走っていった。
「はぁ……はぁ……」
向かった先では一人の女性がエセクに襲われそうになっていた。
「まずいっ!」
咄嗟に武器になるものはないか周りを探すが、それらしい物は見当たらなかった。
「だったら……!」
俺は敵に手を向け集中し、体内のマナを集める。
撃てるかどうか分からない。
けど一か八かだ。
「絶対に助ける……!!」
胸の中が熱くなる。
その時、今までにない強い感触が掌に伝わってきた。
…………いけるっ!!!!
「エアブロウッ!!!!」
瞬間、手に集まったマナは銀色に変わり、エセクに向かって勢いよく放たれた。
「な……なんだっ!? グアアアアアッ!!」
銀色の風は見事にエセクに命中した。
攻撃を受けたエセクはその場から大きく吹っ飛び、崩れた家屋に突っ込んでいく。
「や、やったっ……!!」
初めての成功に俺は心を奮い立たせ、急いで女性の下へ向かおうとした。
その時だった。
「……っ!?」
突然、何の前触れもなく全身の力が抜け、俺は膝から崩れ落ちるように倒れた。
「(な、なんだ……!?)」
もう一度立とうとしたが、足に全く力が入らない。
「まずいっ! すぐにあいつが……!」
俺はエセクが再び襲ってくると思い、奴が吹き飛んでいった方向を見た。
「なっ!」
だがその先に奴の姿はなく、エセク”だった”と思われる黒い液体だけが、残骸として地面を濡らしていた。
「(どういう、ことだ……?)」
俺は訳が分からず混乱する。
「あ、あのっ!」
先ほどエセクに襲われそうになっていた女性が俺の下に駆け込んでくる。
俺は両腕で上半身を起こし、女性の顔を見た。
女性の目には涙が溢れていて。
「アーシャさんが……アーシャさんがっ!」
* * *
アーシャ視点
手足を縛られ、地面に引きずられる。
あの後、私は村の人達を逃がそうと戦った。
けど多勢に無勢。深手を負い、こうして奴らに捕まってしまった。
「(まさか、全員が化けていたなんて……)」
他の人達も皆やられてしまった。
もう、ダルクさん達の姿も見えない。
奴らは村の高台の方に向かって進んでいく。
その先では既に何名もの人達が磔にされては殺されていた。
「…………」
私は引きずられる中、父と母、弟のことを思い出していた。
弟を亡くした後、稽古をして欲しいという私の気持ちに寄り添い、忙しい中でもずっと鍛錬に付き合ってくれた父。
父との鍛錬に怪我や泥だらけになった私を労わり、美味しい夕飯を作っていつも待ってくれた母。
両親は小さい頃から私をとても大事に育ててくれた。
そんな両親が仕事に出ている中、お転婆だった私といつも遊んでくれ、笑った時の顔が太陽のように明るく、とても愛しかった、大事な、だいじな弟。
とても、恵まれた日々だった。
そして。
「ソラ……」
君は本当に優しい子だった。
右も左も分からない中、一生懸命に村の人達の為に頑張ってくれていた。
なのに…………。
"はい、必ず帰ってきます"
私が……私が森への薬草採取の仕事を任せなければ……。彼が森から二度と帰ってこなくなる事なんてなかったのに…………。
とうとう高台に着き、私は磔台に縛られる。
「(お父さん、お母さん、そしてフリン……お姉ちゃんも今、そっちへ行くからね……)」
槍の刃先が向けられた。
その時だった。
「アーシャさんっ!!!!!!」
聞き覚えのある声がした。
「(え……?)」
声のした方を向くと。
「(あぁ……)」
そこには死んだと思っていた彼がいた。
私は思わず笑顔を浮かべた。
「(良かった……無事だったのね…………)」
亡くなった弟の、生き写しのような少年。
どうか、そんな顔をしないでおくれ。
君は、再び私に家に帰る喜びを与えてくれた。
貴方だけはここから逃げて、生き延びて。
……最期に君の姿が見れてよかった。
私に出会ってくれてありがとう…………そして
* * *
空宙視点
「(急げ……急げっ!)」
俺は村の女性からアーシャさんが村の高台の方に連れてかれた事を聞き、力が入らない足を無理やり引きずりながら追いかける。
"私の名前はアーシャ・ウィルド、君は?"
この世界で遭難し、絶望の中にいた俺に唯一希望を与えてくれた人。
"君を迎えに来たんだ"
こんな見ず知らずの他人に暖かい居場所すらくれた。
"侵攻が終わったらちゃんと返しな。無事に帰ってきました、って"
そんな優しく、大事なひとを。
「アーシャさんっ!!!!!!」
絶対に、死なせるものか。
とうとう、高台にたどり着いた。
そこにはアーシャさんが磔はりつけにされ、今まさにエセクによって処刑が行われようとしていた。
助けないと。
俺は急いで彼女の元へ向かおうとした。
だけど。
「っ!!」
またしても両足の力が抜け、俺はその場に雪崩れるように倒れ込んでしまった。
「くそっ! 動けよ!!!」
言うことの聞かない足を殴るが一向に力は入らない。
森の奥からずっと走り続け、慣れない魔法を使った。
もう既に、身体は限界を超えていた。
「構うものかっ……!」
俺はさっきと同じように敵に手を向け、その先にマナを集中させようとした。 その時だった。
「--っ!」
彼女が、俺の方を向いた。
「アーシャ、さん…………?」
その表情は静かに笑みを浮かべ。
そして彼女は。
さよなら、と。
そう、言ったんだ。
目の前で大量の血が飛び散る。
彼女の背中からはその体を貫く刃が。
全てがゆっくりに見えた。
「ん? まだ生き残りがいたのか」
エセクが俺に気付き、刺していた槍を抜くと彼女を俺の方へ向かって投げ捨てる。
彼女の身体は目の前で力なく転がりこんできて。
そして、顔がゆっくりとこちらを向くと、目と目が合った。
彼女の目には涙の跡が残っていた。
「あ、アーシャ……さん…………?」
どうして。
「あ? こいつ、確か森で殺したはずの……なんでまだ生きてんだ?」
どうしてこうなった。
「まぁいい。やっちまえ」
その時。
「あ……あああ…………」
俺の中の。
「っ!!!」
何かが壊れる音がした。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
「なっなんだ!?!?」
* * *
三人称視点
一瞬の、出来事だった。
突如、泣き叫ぶ少年の胸から黒い光が現れる。
そして、その光は耳を劈つんざくような爆発音を立てると。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!!!!!!!!」
少年の深い悲しみとともに。
村全てを消し飛ばした。
"ごめんなさい"