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21.願い

空宙視点






「いってきます」


「あぁ、いってらっしゃい」




 明朝、俺は支度を済ませ、玄関前でアーシャさんに見送ってもらい出発した。


 日が昇り始めた時間だった為、村はまだどこも静かだった。




 ギルドへ向かうと、そこには既に準備を済ませた真淵さん達が待機していた。




「おはようございます!」




 俺は少し急ぎ足で近づき、真淵さん達に挨拶する。




「あぁ、ソラさん。おはようございます。本日より宜しくお願いします」




 真淵さんは俺に気付くと挨拶を返し、須藤さんと伊禮さんも続けて返事をする。




「では、参りましょう」


「はい」




 特に雑談をするわけでもなく、すぐに俺達は森の方へ向かい出発した。






 早い時間なのか、森の中もいつもより静かな様子だった。


 俺は腰から下げた短剣に手を掛け、注意深く進む。




「(ここで、三日間……)」




 村で何かあった時はしっかり誘導しなければと、俺は与えられた役割の重要さを受け止めながら意気込んでいく。




「では、この辺りにテントを張りましょう」




 村から一番近い距離に位置する間道付近まで進むと真淵さんは立ち止まり、野宿の為の仮設テントを建てるよう指示を出した。




「「了解」」




 指示を聞いた須藤さんと伊禮さんは荷物を降ろし、すぐさま設営に当たっていく。




「ソラさんは私と共にここから一番近い泉で水を確保しに行きましょう」


「分かりました」




 俺は真淵さんの指示に従い、間道から真っすぐ進んで突き当りにある泉まで向かった。




 ……静かだ。




 やはり魔族による侵攻が間近なのか、真淵さんの口数はいつもより少なく、表情も固かった。




 他の皆は無事だろうか……


 俺は今頃王都に配属され、侵攻の時を待っているであろう四将達の事を思い浮かべていた。




* * *




 泉に向かって暫く歩いていると、俺はある所で違和感を覚える。




「(ん……? 泉ってこんなに遠かったっけ?)」




 仮設テントを建てる位置からだと、泉に着くまで以前はこんなに遠くは感じなかったはずだが。


 気のせいだろうかと思い、俺はそのまま真淵さんの後ろをついていく。




 だが。




「(--っ! やっぱりそうだ……間道から徐々に逸れてる……!)」




 気のせいではなかった。


 明らかに間道から逸れて進んでいるのだ。




 どこかで道を間違えたのか?


 しかし真淵さんはそれに気付いていないのか、どんどん先へ進もうとする。




 俺はすぐさま真淵さんに伝える。




「真淵さん! 間道から徐々に逸れてますよ!」




 真淵さんは俺の呼ぶ声に反応する。




「おや? おかしいですね……」




 真淵さんも辺りを見渡すと、ようやく俺達が違う道を進んでいた事に気付く。




「すみませんソラさん。どうやら気付かないうちに別の道を進んでいたようです。お手数を掛けますが、一度来た道を戻りましょう」




 真淵さんは俺に向かって謝ると、来た道を戻るよう促す。




「わかりました!」




 俺は戻ろうと来た道を振り向き、真淵さんを背に進もうとした。




 その時だった。






 ――――――ドスッ






「え……?」




 後ろから鈍い衝撃が俺の身体に伝わり、無意識に視線を鳩尾のほうに向ける。


 そこからは黒い液体金属のような大きな棘が見え、そして。




「ッカ……ㇵ……!」




 その瞬間、俺は口から血を吐いてしまった。




「な、なん……だっ?」




 何が起こった。


 一瞬の出来事に俺は酷く混乱して。




 身体を貫いていた黒い棘は勢いよく引き抜かれ、俺はそのまま俯せになる形で倒れ込む。





「ぁ………あぁ……」







 苦しい……痛、い…………。





 息が……まともに出来ない…………。


 俺は貫かれた部分に手を充てながら必死に後ろを振り返った。 そこには。




「やれやれ、手間を掛けさせたものですね」




 真淵さんの顔をした、全身がどす黒い化け物が立っていた。




「……っ!?」




 俺はすぐにこいつがエセクだと気づいた。




「いつの間に……! 真淵さんはどこだ……!)」




 俺は真淵さんを探そうとぼやけた視界の中、あちこちに目線を向ける。




「どうやらまだ気づいていないようですね。”わたし”が、真淵ですよ」


「な、なんだ、って……」




 どういうことだ。




 意識が段々と薄れていく。




「特別に教えてあげましょう。この村に来たエレマ隊は”全員”偽物で、作戦など初めから全て嘘だったのですよ」




「(そんな……ことが……っ!)」




「はぁ、にしても、村人全員に怪しまれないようにここまで仕込むとは、あの人も用心深いものです。それに」


「うわあああああああ!」




 どこからか、誰かの悲鳴が上がった。




「な、なんだお前ら……一体どこから……やめ、やめてくれええええ!」




 森中に断末魔の叫び声が木霊して。




「貴方を監視し続けていた人も始末する為にこうも奥まで連れ出すのは、骨が折れますね」




「(監、視……だと…………?)」




「まあ、全て片が付いたので、良しとしましょう。さて、村の方はそろそろですかね。貴方はそのままここで野垂れ死んでなさい」




 真淵の顔をしたエセクは再び化け物からエレマ隊員の姿に戻る。




「ま、まて……っ!」




 ――エレマ隊全員がエセクなら……村がっ!




「あ、アーシャ……さ…………ん」




 俺は足早にこの場から去る真淵の姿をしたエセクを見ながら、ゆっくりと意識を手放した。




* * *


アーシャ視点






―ディニオ村 ギルド前広場-




「次は四軒先の方を手伝ってください! 貴方は食糧庫から備蓄用の米をこっちにっ……!」




 村のみんなは魔物の襲来に備え家の窓を補強したり、村周辺の防壁を強化していた。


 ソラを見送った後、私も急いで支度をしては家を出て、少しでも被害を抑えられるよう作業に徹していた。




「まだ避難が済んでない村人はどれくらいだ!」


「いま作業に当たっている人達を除いてはほとんど終わってます!」




 ダルクさんもギルド長と協力して村の人達の安全を守ろうと奔走していた。




「そうか、ありがとう。それにしても……」




 そんな中、ダルクさんは村の一端に目をやる。


 目線の先には、先ほどから私達を見ては何もせず、様子を見ては嘲笑う軍人達が。




「あいつら……魔族の侵攻があると言い何故何もしないっ!」


「ダルクさん落ち着いてっ。今は備えに集中しましょう」




 私はダルクさんを宥なだめるが、彼らの様子は到底戦の前とは思えず、私も怒鳴ってやりたい気持ちだった。




「結局王都からはこの日まで何も連絡は無かったじゃないかっ……! 一体どうなってる!」




 声を押し殺しながらダルクさんは、隣に積まれた食料袋に拳を叩きつける。




「ダルクさん……」




 ダルクさんだけではない。


 一切連絡を寄こさない王都と遠慮も無く村に押し掛けてきた軍人達に対し、他の村人達も初めから不満や怒りを抱えていた。




 とにかく私は今やるべき事に集中しようと、次の作業に向かおうとした、その時。




 村の門が開く。


 そこからは三人の軍人達が。




「(あれ……たしか、彼ら……)」




 そう、今日も含めここ数週間ずっとソラと共に森へ行っていた軍人達。




 だけど。




「ソラがいない……」




 その瞬間、妙な不安が私の脳裏をよぎった。




「ちょっと、貴方たちっ!」




 私は彼らに近付いて声を掛けた。


 だけど、彼らは何の反応もなく、村の中にいた軍人達の下へ向かおうと歩き続けようとする。




「ねぇっ……! 聞いてるの!?」




 私は、そんな彼らの目の前へと強引に立って、進路を塞ぐけど。




「…………」




 彼らは立ち止まるが何も喋らず、ただただ無表情で、じっと前だけを見つめていた。




「……っ! いい加減にしなさいよ!」




 私は彼らに対し怒鳴り、詰め寄った。




 その時だった。




「っ!!」




 目の前の男の袖に血が付いている事に気付く。




「……ねぇ」


「…………」




 男は黙る。




「ソラは……?」




 心臓が、跳ね上がる。




「ソラは、どうしたの……?」




 そして。






 男は笑った。

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