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20.託す理由

空宙視点






「そんな事が……」




 小隊長から避難誘導役を頼まれた後、俺はそのままアーシャさんの家に帰り今日あった事を話した。




「はい。少し不安ではありますが、エレマ隊の人達も守ってくれると仰ってたので、大丈夫かと思います」


「そうかい……そこまで言うなら…………」




 話を聞いたアーシャさんは心配そうな顔をする。




 アーシャさんから見たら子どもが軍事作戦に同行するようなものだ。隊の人達から大丈夫と言われた所で何も気にせず行ってこいとはとても言いづらいのだろう。




「俺、アーシャさんを初めこの村の方々には沢山お世話になったので、何か恩返ししたい、役に立ちたいと思ったんです。それに、こういう時の為にとアーシャさんから魔法を教えて貰い、毎日練習してきましたから」




 俺は少しでもアーシャさんを安心させようと袖をまくり、力こぶを見せるよう右腕を上げ、笑顔で話す。




「…………」


「アーシャさん……?」




 それでもアーシャさんは黙って俺の事を見ていた。




「……少し待ってな」




 するとアーシャさんは両膝をポンッと手で叩くとスッと立ち上がり、急いで二階の方に上がっていった。




「なんだろう……?」




 暫くするとアーシャさんは二階から戻ってきた。その手には見覚えのある短剣が。




「これ、持っていきな」


「えっ!」




 俺は思わず声を上げた。


 その短剣は、初めてアーシャさんと出会った時、アーシャさんが魔物相手に使っていた物だった。




「でもこれ、アーシャさんの……」


「良いんだよ。何かあった時にはこれを使いな」




 アーシャさんは俺の手を取り、その上に短剣を乗せる。




「どうしてそこまで……」




 俺は不思議に思った。


 どうしてここまでしてくれるのかと。




「……あたしにはね」




 そんな様子を見かねたのか、アーシャさんは俺の隣に座り、ポツリと話し始める。




「父と母以外に、もう一人家族がいたんだ」




 アーシャさんはおもむろに、開いた窓から見える景色を眺める。




「年端もいかない弟でね。可愛げがあって、素直な子だった」




 綺麗なエメラルド色の眼が薄っすらと光る。




「父と母は毎日仕事で家を出ていたから、いつも遊び相手は弟だけだった。弟とは村から近くの拓けた草原で追いかけっこをしたり、花を摘んだりして遊んでいたよ」




 開いた窓から吹く風が。




「だがある日、弟は死んでしまった」




 まるで、その日を想起させるように、彼女の髪を揺する。




「いつものように、私は近くの草原で弟と遊んでいた。けどその時だった。突然私達の前に一匹の魔物が現れたんだ。きっと森で狩りをしていた冒険者から逃れてきた奴だったんだろう。一瞬の出来事だった。魔物は真っ先に弟に向かって突進し……喉笛を喰いちぎった」




 ――――――静寂




「私の叫び声を聞いたのか、すぐに追ってきた冒険者によってその魔物は討伐されたよ。その時の私は血を流す弟を見て泣くだけで、何も出来なかった」




 彼女はふっと息を吐く。




「それからだ。私は父と母に魔法や剣技を教えて欲しいと言い、鍛錬を積んできた。誰かを守れるくらい強くなりたいと思ってね」




 アーシャさんが、俺の方を向く。




「そうしてあの日、あの草原で君を見かけた。一瞬、あの時に戻ったのかと思ったよ」




 アーシャさんは、優しく微笑んでいた。




「あの後君を私の家に迎え入れたのも、君と死んだ弟を重ねていたからかもしれない。あぁ、弟が生きていたら、こんな風に大きくなっていたのかな、なんて」


「アーシャさん……」




 そんなことがあったのか……。




「君は、この世界の人じゃないんだろう?」


「っ!」




 俺は驚いてその場から飛び退く。




「ははっ、そんなに驚かなくてもいいよ」




 そんな姿を見たアーシャさんは悪戯をする子どものように笑う。




「ど、どうして……」


「なんとなくさ。勿論、最初に村に来たときにダルクさんからは色々聞かされていたけど、チキュウ? から来たあの軍人達が来てから君はずっとソワソワしていたし、もしかしたらと思ってね」




「(なるほど……)」




 俺は思わず苦笑いをする。




「すみません……ずっと隠していました」




 俺はすぐにアーシャさんに謝る。




「いいのさ。君がどこの世界の人だろうと、良い人であることに変わりはない」




 アーシャさんは俺の頭の上に手を置く。




「君には、大事な家族はいるのかい?」


「……はい」




 俺は夏奈の事を思い浮かべる。




「もし居るのなら、その人の為に君は生きるんだ。今すぐには帰れない事情があるのだろう。それが解決するまで、君はここに居てもいい」




 どうして。




「遠慮なんてするな。あたしだって君が来てから沢山助かっているからさ」




 どうしてそこまで。




「だから、明日からの侵攻で間違っても死ぬんじゃないぞ。また私が困るからな」




 この人は。




「そんで、侵攻が終わったらちゃんと返しな。”無事に帰ってきました”って」




 こんなにも優しいのだろう。




「…………はいっ」




 胸の中が熱くなる。




「さっ! しんみりした話も終わり! 腹減った! ソラ! 夕飯の支度するぞ!」




 今はまだ帰れる方法は分からない。




「はい!」




 けど、こうして俺の為に帰りを待ってくれる人がいる。


 地球で待っている夏奈、そして、ディニオ村で待つアーシャさんが。




 俺は想いと共に託された短剣を胸に抱え、腕の中で強く握りしめた。

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