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15.派遣兵

空宙視点






「アーシャさん、只今戻りました」




 俺は日課であるギルドからの依頼をこなし、アーシャさんの家に戻る。




「おっ、お疲れさん。道中は大丈夫だったかい?」




 アーシャさんがいつものように笑顔で迎えてくれる。




「はい、今日も魔物には遭遇しませんでした。これ、今日の分です」




 俺はギルドで薬草と換金して貰った硬貨をキッチン前のカウンターに置く。




「ありがと」


「アーシャさん、今日もこの後裏庭の方を使ってもいいですか?」


「いつものやつかい? いいよ。じゃ、あたしは晩飯の準備でもしておくさ」


「ありがとうございます」




 俺はアーシャさんに礼を言うと一度部屋に戻り、荷物を置きに行く。




「……ふぅっ、集中…………」




 俺は裏庭に行くと、芝生に突き立てた手作りの的に向かって右手を構え、呼吸を整える。




「胸に感じる暖かい感覚を肩から腕、腕から右手に……」




 徐々に手の平が熱くなる。




「小さな竜巻をイメージし、弾丸が放たれるように……」




 チリチリとした感覚が一気に強くなる。




「いまっ! エアブロウッ!!」




 放たれた風の弾丸は的に向かって突き進む。




 だけど。




「……だめか」




 俺が放った風魔法は的の手前で失速すると、当たることなく空中で分散し消えてしまった。




「ふぅ……もう一度」




 再び的に右手を向け、先ほどと同じように集中する。






 この村に来てから二か月ほどが経った。




 俺はアーシャさんの家に居候しながらギルドの依頼をこなし、依頼を終えた後はこうして毎日裏庭で魔法の練習をしていた。




「はぁ……はぁ…………もう一度っ!」




 ここで暮らしていくうちに色々な事が分かってきた。




 まずはこの世界のことについて。




 魔族が「不可侵条約」を破り侵攻を行った際、レグノ王国領土の各地に大量の毒をばら撒いた。アレットの人達はそれを”瘴気しょうき”と言い、瘴気を吸ってしまうと病に倒れ、体から毒素が完全に抜けない限り治らないらしい。この村でも瘴気による急病人が増え、冒険者たちがほとんど病床に臥ふせ、働き手が不足して、みな困っていた。




 また、俺がこの村に初めて来たとき、ダルク村長が言っていた”あいつら”という存在について。




 あの後アーシャさんに尋ねてみたら、”あいつら”とはここ最近、新しく現れた【エセク】と呼ばれる魔物のようで、人に化けて村や街に紛れ込み、夜な夜な兵士や村人を殺めているらしい。




 あの時俺が身分証を持っていなかったことから、村長はエセクが人に化けて村に侵入しようとしているのではないかと疑ったわけだ。だが話によると、エセクは高純度のマナを照射されると溶けて消えるらしい。尋問を受けた時、幾人掛かりで俺に向かってマナを当てたのも、俺がエセクかどうかを確かめる為だったのだ。




 そして、俺の身体。




 どうやら、今の俺の身体はアレット人が半分、エレマ体が半分といった状態のようだ。 




 一つは、初めて魔物と遭遇する直前に草原で転んだ時。


 あの時俺は確かに膝を擦りむき血を流していた。だがその日の夜、怪我をした所を見るとそこには傷は見当たらなかった。俺は不思議に思い、試しに別の日にこっそりキッチンで包丁で指の先を切ってみたが、それも30分後には綺麗に完治していたのだ。




 これは俺が装着していた銀のエレマ体の効果の一つである自動回復のものと似ていた。ただ、異なる部分としては半分は生身の身体だからなのか、怪我は治るものの痛・み・は感じるということ……。




 もう一つはこうしてマナを使って魔法を撃つことが出来るということ。


 魔法を撃つまでの時間と威力はここの人達に比べると段違いに遅く弱いものだが、地球で暮らしていた時は全く持って不可能だった力だ。




 今の自分に何か出来ないかと夜な夜な考えていた時、アーシャさんが魔物に対して魔法を撃った事を思い出し、試しに見た様に真似した所、わずかだが掌が光った。


 この事をアーシャさんに話し、魔法の打ち方を教えて貰って以降こうして毎日練習しているわけなんだが。




「はぁ……にしても上手くいかないな……」




 少しばかり休憩しようと芝生の上に仰向けになり、夕暮れの空を眺める。




「みんな、今頃どうしてるかな……」




 この世界に来てからというもの、これまで一度たりとも他のエレマ隊員に会えず、元の世界へ帰るための手がかり一つすら掴めていないまま。




 叶わぬものなのだろうか。


 一日に一度は必ず脳裏に過ぎる、の二文字。




「それでも……」


「――っ! ――――っ!!」




 その時、表通りの方から何やら大きな声が聞こえてきた。




「ん?」




 俺は気になって起き上がり、裏庭の勝手口から通りの様子を覗いてみた。


 話していたのはダルク村長と、声からして男と思われる人物だった。




「替わりに防衛をすることになったから派遣兵全員分の寝床を今すぐ確保しろなど急に出来るわけがないだろう!」


「しかし、我々も本日よりこの村を防衛するよう本部から命が下っておりますので」


「そんな連絡はこの俺に一度たりとも来てないとさっきから言ってるだろ!」




 ダルク村長は男に対し激しく怒鳴りたてている。




「(一体誰と話してるんだろう……)」




 俺はその場から動かずじっと様子を見続けていたが、相手の男の姿はダルク村長と重なっていたため、ここからは見えなかった。




「ダルクさん! ギルド長から話があるって!」




 反対側の道から他の村人がダルク村長を呼ぶ。




「分かった! 今向かう! ……話は後だ」


「ええ、お待ちしてます」




 ダルク村長は男を睨むとギルドへ向かって歩き始めた。




 その時。




「--っ!!!!」




 初めて男の姿が見えた。




 その瞬間、俺の心臓の鼓動が早くなる。 


 そう、見えた男の正体。それは俺にとって何よりも待ち望んでいた、帰還への足掛かりになるかもしれない存在だった。




「エレマ隊員っ!!」




 気付いたら俺はその場から駆け出していた。




「あのっ!!」


「ん?」


「俺ですっ!! エレマ隊員の掛間空宙です! 転送の時事故にあって……井後隊長に繋いで貰えませんか!?」




 俺は必死の思いでエレマ隊員に激しくせがむ。




 けれど。




「貴方、誰ですか……?」


「……っ!」




 …………当然だった。


 エレマ隊員から見たら今の俺の姿はただの一人の少年。掛間空宙と言っても気付く訳がなかった。




 俺は目の前のエレマ隊員の反応に言葉を失う。




「……? 特に用が無ければ私はこれで失礼します」




 エレマ隊員は俺に構う様子も無く、その場を後にする。




「(そうだった……)」




 ようやく訪れたと思った好機。


 出会えた所で今の俺を誰が掛間空宙と思うか。




「どうすれば…………」




 俺は再び残酷な現実を突きつけられ、暫くその場に立ち尽くしかなかった。





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