-レグノ王国 王国城内会議場-
「これで全員か」
レグノ王国側とエレマ隊側の軍事会議。
そこに集った面々に向け、レム王は声を掛ける。
王国城内で最も広い会議場。
レム王を中心に、右側にはレグノ王国軍、左側にはエレマ隊の兵士達が用意された椅子に腰掛けていた。
用意された椅子は全部で十二。うち、レグノ王国側には二つ、エレマ隊側には
「ん? ユスティよ。メルクーリオとザフィロはまだなのか?」
当然気になったレム王は側近のユスティに尋ねる。
「はっ。メルクーリオ様は本日も各地にて病人の手当に向かっているそうで出席されず……。ザフィロ様も日課の研究があると拒まれ……」
ユスティは困った様子でレム王に報告する。
「そうか……。メルクーリオは仕方ないとして、ザフィロはどうにかならぬものか。少しは父親を見習って欲しいというのに……」
報告を聞いたレム王も、どうしたものかと顔に手を当て項垂れてしまう。
「そちらさんも随分と足並みが悪いようじゃねぇか」
その様子を見てか、この場に来た時からずっと苛立っていた護がレム王に向かって悪態をつく。
「おいっ貴様! 王に対して無礼な態度、許さんぞ!」
すると、護の態度に対し、赤髪の女騎士が勢いよく立ち上がり強く非難する。
「よせ、ペーラ」
その傍には女騎士を宥めようとする男が。
「しかし団長っ……!」
「彼らも状況が難しい中、我々の苦境に手を差し伸べてくれたのだ。それに、王の前で一悶着起こすのは良くない」
「--っ! ……分かりました」
女騎士は納得がいかない様子だったが、沸々と湧く怒りを堪え、再び座り込む。
「すまぬ、ローミッド。では、これより軍事会議を行う。エレマ隊の方よ、井後殿に繋げて貰えるか」
「承知いたしました、レム王。では、こちらを」
レム王の頼みに答えるのは左雲彩楓。
彼女は懐から白い球体のデバイスを取り出し、レム王の前に差し出す。
「それでは、起動いたします」
スイッチが押されると、白い球体はその場で細かい粒子状に分解し始めた。
続けて、粒子状の物体は一つのスクリーンのような形状に変化し、空間に展開される。
そして展開されたスクリーンの先には、エレマ隊総隊長の井後義紀が。
「-レム王、そして、アレットの皆様方。この度は御集り頂き、感謝いたします-」
井後の荘厳な声が議場に響き渡る。
「-会議を始める前にまず、天下隊員及び右京隊員の欠席について、レム王はじめ、レグノ王国軍の皆様方に深くお詫び申し上げます-」
事前に両名の欠席を知らされていた井後は、開口すぐにレム王に対し謝罪をする。
「お気になさらず井後殿。こちらも不手際で欠席者を出してしまったのだ。そう畏まらずに、お互い様といきましょう」
そんな井後を気遣ってか、レム王も井後に対し謝意を示す。
「-ありがとうございます、レム王。ではこれより合同軍事会議を行います。まずは、レグノ王国各地領土の防衛状況について報告をお願いいたします-」
「では、わたくしより」
井後の進行に、ユスティが答える。
「現在、3か月後に起こると予測される大規模魔族侵攻に対し、各地に兵を駐屯させ迎え撃つ準備に取り掛かっております。特に、同盟国であるエルフ国へは召喚士部隊を、商業都市リーハマインへは治癒士部隊を中心に編成を組んでおり、魔法士部隊は各地へ均等に向かわせております。ただ、前線を張れる剣士部隊の数が全体的にかなり不足している為、冒険者へも集いを掛けようかと検討を進めている所となります」
ユスティは手元の資料を見つつ、淡々と説明していく。
「-ご報告、感謝いたします。レム王、魔族侵攻に関してですが、敵側が集める魔物の数は、現在予測される分だけでもどれほどのものになるでしょうか-」
「うむ。引き続き分析は進めておるが、今分かっている数だけでも数万~数十万は少なくとも侵攻の際に関わってくるそうだ」
「なるほど……」
現在レグノ王国が抱える兵士は地方駐在員も含め五万。
内訳では前線を張る剣士部隊がニ万。
剣士部隊と共に前線を張り、サポート役となる盾士部隊が一万。
中盤を張る魔法士部隊が五千。後衛支援を担当する治癒士部隊が五千。
空中からの支援として前線から後衛全てを担当する召喚士部隊が五千となっている。
仮に敵が集中的に一か所へ侵攻するならば、前線に到達される前までに召喚士部隊によって空中から一気に仕掛け、敵の数を出来るだけ減らすことで剣士部隊と盾士部隊の負担を軽くする事が可能となるが、今回はどこにどれだけの敵が来るかが分からない為、王国領全てに対して兵の配置を余儀なくし、どこも手薄な状況となってしまっているのだ。
更にレグノ王国と同盟関係であるエルフ国の防衛を担っていることも人員不足へ拍車を掛けている。
これらの事情により、王国は少しでも前線を保つため冒険者にも徴兵を呼びかけ始めていた。
レム王の報告を聞いた井後含め、その場にいる一同は黙り込む。
「レム王、少しよろしいでしょうか」
すると、先ほど護に対し遺憾を示していたペーラと呼ばれる女騎士が手を挙げる。
「うむ。何かの?」
「はい。以前にもお聞きした事ですが、エレマ隊側の兵士達を前線に配置させるのはどうしても不可能なのでしょうか」
その時、ペーラの問いに対しレム王の表情が瞬時に曇る。
「無論じゃ」
「ですがっ!」
ペーラは思わずその場を立ち上がる。
「-ペーラ殿。その件については私から説明させて頂けないか-」
井後が口を開く。
「井後殿。すまない」
「いえ、レム王。これは我々側に説明の責務があります故」
井後はレム王を気遣うと、ペーラの方へと向き。
「-まず、我々の国が他国との戦争を最後に経験したのは今より150年以上も前となります。また、アレットに生息する魔物のような、常に人に脅威を与える存在も極めてわずかな環境だった為、レグノ王国が抱える屈強な兵士達が受ける訓練も全く行って「それは前にも聞いたっ!」」
だが、井後の説明にペーラは怒鳴ってしまい。
「おいっ、ペーラ!」
すぐさまローミッドが制止を試みるが、井後は構わぬ様子で説明を続ける。
「-ええ。では、仮にレグノ王国軍との合同編成で組まれた前線部隊で戦場へ向かうとしましょう。片や日々いつか死ぬかも分からない中厳しい訓練を受け続け、時には同胞が目の前で死にいく光景を何度も見てきた兵士。片や百と数年、平和な中まともな訓練を受けた事もなく、目の前で人が死ぬ光景を見たことがない兵士です。では、後者が目の前で人の死を目撃した場合、どうなるか-」
ペーラに鋭い眼差しが向けられる。
「-確実にパニックになります。一人ならまだしも、これが数千、数万という規模で起きた場合、瞬く間に統制は崩れ、前線は崩壊。敵は一気に中衛、後衛へと侵攻、そのまま我々は為す術なく敗北するでしょう-」
「……っ」
静寂。
気圧されたペーラは思わず黙り込む。
「すまないペーラ。彼らと同盟を結ぶ際にも条約としてレグノ王国軍とは合同編成は一切組まないと明記しておるのだ。状況は厳しいが、これ以上の混乱を招くわけにもいかぬ。副団長として剣士部隊を率いる君あっての思いやりであることは理解できるが、こればっかりはどうしようもない」
「しかし……」
それでも納得がいかないペーラ。
「ペーラ。あまり国王を困らせてはならない。それに、今この時も地球軍の方々は我々に替わり各地方で魔物達と戦い、大規模侵攻の際少しでも敵の数を減らしておこうとしてくれているのだ。彼らは決して何も役に立っていない訳ではない」
「団長……」
そんな様子を見たローミッドはペーラの肩に手を置き、慰めるように言葉を掛ける。
「承知……いたしました…………」
ペーラは渋々受け入れる。
「-ですが、ペーラ殿の意見も全く受け入れられない訳ではありません-」
「えっ……?」
井後の言葉に全員が顔を向ける。
「-当初の計画では、大規模侵攻において我々エレマ隊は王都周辺のみの防衛体制を取る手筈でしたが、これを変更し、レグノ王国領の街々、村々への防衛兵を派遣いたします-」
「「「っ!!!!」」」
これにはレム王たちも驚きを露わにする。
「井後殿、良いのですか!」
ローミッドも思わずテーブルから身を乗り出す。
「-ええ。流石に全ての街、村への派遣は無理ですが、少しでも防衛の負担を減らし、その分前線へ兵力を回して犠牲者を減らせるよう、我々も協力いたします-」
「……っ! 感謝する……っ」
レム王は井後に対し深く礼をする。
「-いえ、こちらもマナのお陰でエネルギーの循環が上手くいっておりますので-」
井後は笑顔を向ける。
「-では、他に報告が無ければこれにて-」
「レム王、一つよろしいでしょうか」
その時。
「ハロフ、どうかしたか」
井後の言葉を遮り手を挙げるのはレグノ王国軍召喚士部隊部隊長。
「はい」
唐突に意見を述べるハロフ。
何とか事が進もうかと思われた矢先。
ハロフから告げられたものは。
「最近各地の駐在兵から報告が挙がっております、”人に化ける魔物”についてです」
後にレグノ王国軍、エレマ隊両軍の関係に亀裂が生まれる原因となるものだった。