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13.一つずつ


 夜中。




「…………」




 空宙はアーシャの家の2階にある空き室のベッドの上で一人、何もない天井をただボーっと見つめていた。




「俺、どうなってしまったんだ……」




 水面に映った偽りの姿。


 白髪に藍色の目をした少年、それが今の姿。




 変化はそれだけではなかった。




「腹が、減らない」




 あの後、アーシャと夕食を食べた空宙。


 倒した魔物をギルドで解体して貰ったと、空宙の目の前に如何にも美味しそうなステーキが用意されたのだが。




「(食欲が、湧かない……)」




 今日一日色々な事があったのだ。


 最初は疲れて体調でも悪いのかと思った。だがこうして用意して貰ったというのに食べないのは失礼だと空宙は一口頬張ってみた。




 だが。




「(味が、しない……?)」




 最初は薄味なのかと思ったが、そうではない。肉の素材の味も、食感すらも全く感じなかったのだ。


 おかしいと思い、空宙は二口目、三口目と続けて食べていく。 それでも。




「(やっぱり……何も感じない……)」




 更には。




「最近ご近所さんから頂いた香辛料、あまり使えてなかったから困ってたんだけど、丁度これ使えたから良かったぁ」


「えっ……?」




「(香辛料だって? どこからもそんな香りは……)」




 目の前ではアーシャが美味しそうに肉を頬張る。




 その時、空宙は気づいた。




 味覚、嗅覚、食欲。


 そして喉の渇きすら自身から失われていたのだ。






「…………」




 天井をただ見つめ続ける。




「どうしてこうなったんだろうか」




 空宙は転送中の事を思い出す。




 ”




 今でもずっと耳に残り続けている悍ましい声。


 あの声が聞こえた途端の出来事。




 未だに本部とは連絡がつかない状況。


 仮にどこかで他のエレマ隊員に会えたとしても今のこの姿では決して自分が架間空宙と認識してはもらえず、アレット人だと勘違いされてお終いだと。




 時間が経つ毎に、不安と絶望感は空宙の胸の中で広がっていく。




 その時。




「ソラ、ちょっと良いか?」


「えっ? あ、はい」




 部屋の外からアーシャの呼ぶ声が。




「居心地はどうだい? 何か困ってる事とかある?」




 アーシャは部屋に入ると、すぐ傍にある椅子に腰掛ける。




「いえ、大丈夫です。何から何まで本当にありがとうございます」


「そう、なら良かった」




 空宙の言葉を聞き、アーシャは少し微笑む。




「ソラ、よく聞いて」




 アーシャは空宙の目をじっと見つめる。






「君には色々と事情があるのだろう。今日、あの場にいたことも含めて。けど、今は無理して話さなくていい。ゆっくりで良い。少しずつで良いから、君が話したいと思った時に…。私に話して」


「アーシャさん……」




 押し寄せていた黒い靄が少しずつ晴れていく。


 アーシャの言葉は空宙の胸の中で暖かく広がり、優しく包み込む。




 どうしてそこまでしてくれるのだろうと。




「アーシャさん、ありがとうございます」




 空宙はその暖かさをじっくりと嚙み締める。




「気にしないで」




 アーシャはその場から立ち上がる。




「よしっ、だいぶいい表情になったね。それじゃ、明日からガンガン仕事手伝って貰うから、そのつもりで! それじゃ、おやすみなさい!」


「はい! おやすみなさい!」




 空宙は部屋から出ていくアーシャの背に向かって元気に返事をする。




 静寂。




「夏奈……」




 空宙は一人残した妹の事を考える。




 何があっても必ず帰ると約束したあの日。


 絶望的な状況には変わりない。


 だが、こうして身を拾ってくれた人に出会えた希望もある。




「(そうだ。死んだわけじゃない)」




 生きていればどこかで機会は必ずあるはず、と。




 今は一つずつ一つずつ、出来る事をやっていこうと空宙は思うのだった。

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