魔物を倒した後。
空宙とアーシャの二人は村を目指し草原を歩いていたが、辺りはすっかり暗くなり、日はほとんど沈んでいた。
「ほら、あそこが私の村だよ」
空宙はアーシャが指差す方向を見ると、そこには村の門があり、門燈の光によって赤く照らされていた。前には番らしき人が二人居たが、アーシャの姿を見ると慌てた様子で村の中に入り、暫くするともう一人の男を連れて再び門の外に出てくる。
「アーシャ! 無事だったか! いつもの時間に戻ってこないものだから心配してたんだ。何かあったのか?」
「ダルクさん。すみません、村に帰る途中で魔物に襲われたもので……」
ダルクと呼ばれる男は、村の門を出るとこちらに向かって慌てた様子で走り、息を切らしながらアーシャに声を掛ける。
「魔物だとっ!? どこか怪我は!?」
「幸い、軽い擦り傷ぐらいで……彼のお陰で助かりました」
アーシャは自身の後ろに控えていた空宙をダルクに紹介する。
ダルクは空宙の姿を見るや少し険しい表情を浮かべる。
「……彼は?」
「途中魔物に襲われていたのを見かけ、その時に。何かしら事情があるみたいだったので村まで案内しました。私が魔物に襲われた時に彼が助けてくれなかったら今頃……」
「そうか」
ダルクはアーシャの話を聞き、空宙へと近寄れば。
「この村の長を務めるダルクだ。アーシャが助かった。ありがとう」
「いえ、元々は俺が魔物に襲われていた所をアーシャさんが助けて下さったので……」
空宙は、ダルクからの礼に恐縮する。
「ところでお前さん、この辺りでは見かけない顔だが、どこの出身だ」
「えっと……実は地球から来たもので……」
「”チキュウ” ……?なんだって?」
しかし、次の瞬間、空宙の言葉にダルクは眉をひそめ。
「その……」
どうしようかと--。
空宙自身もまだ自分の身に起こった事が理解出来ずにいた為、事情を聞かれても上手く話せないでいた。
「さっきから何言ってるんだ?おい、今すぐ身分証を見せろ」
ダルクは空宙に詰め寄る。
「も、持ってません……」
「持ってないだと?」
その時、ダルクの纏う雰囲気が一変する。
「……まさかこいつ、
「「っ!!」」
ダルクの言葉に、周りにいた門番達も血相を変え、手に持っていた武器を空宙に向ける。
「ちょっとダルクさん! 何も分からないのに決めつけるなんて!」
「そうとしか考えられないだろう。第一、あんな草原の真ん中で武器も無しに突っ立ってる事もおかしいし、身分証すら持っていないとなると、あいつらの仲間だって考えた方が自然だ」
アーシャはダルクに信じられないといった顔で非難するが、ダルクは一切態度を変えようとはせず空宙の顔を睨み続ける。
ただでさえどこの馬の骨かも分からない者が村に現れ、手荷物一つも持ってない上に身分証も無いと公言するのだ。村長として警戒するのも、それは至極当然のこと。
「(どうしよう……完全に怪しまれてしまった…………)」
空宙は弁明も出来ず、只々その場に立ち尽くすしかなく。
「(
このままだとアーシャさんにまで迷惑を掛けてしまうと。
「(いっそこのまま今日はどこか外で耐えて明日また別の場所を探そうか……?)」
そう、思い始めた時。
「だったらどうして私が魔物に襲われた時に私を殺さず助けてくれたのよ!」
アーシャは庇うように空宙の前に立つとダルクに向かって言い返す。
「アーシャさん……」
「そりゃ助けてくれた事には感謝している。だがそれも全部”あいつら”の策略だったらどうする。一度こちらを安心させて村に入った途端にって事も考えられるんだぞ」
「なら仮にそうだとして、一度全部調べてからでも良いんじゃないの!?」
「だけどお前」
「それで黒だったら全部洗いざらい吐かせた後捕虜にして役人に引き渡せばいいじゃない! 何も分かってないのにこんな
言い合いの後、二人の間には沈黙が走る。
しばらくはダルクも、アーシャに折れるよう強気な態度を見せ続けていたが、アーシャからは一向にその気は見られず。
「はあ……分かった」
とうとう、ダルクは諦めたかのようにため息を吐く。
「ただし、村に入れるかどうかは一度全部調べてからだ。その間に少しでも怪しい様子を見せたら……。その時は問答無用で手足を切り落として、捕虜として引き渡すからな」
「ええ、好きにして頂戴……」
アーシャがそう言うとダルクはその場から離れ、武器を構えていた門番たちに指示を与え始める。指示を受けた門番たちは急いで村の方へ向かっていった。
「すみません、アーシャさん……俺のせいでこんな」
「気にしないで。寧ろこちらこそ勝手な提案をしてごめんね。ああでも言わないと村に入れて貰えなさそうだったから……」
アーシャは空宙の手を握りながら周りに聞こえないように小声で話す。
すると、後ろから大柄な男が空宙に向かって近づいてくる。
「おい。小僧、さっさとこっちに来い」
「あっ、はい……。では、アーシャさん、失礼します」
空宙は無理やり腕を掴まれると、そのまま村の中に連行されていったのだった。
-日本-
古びたアパート内、掛間家玄関前にて--。
「いま……なんて……?」
夏奈は目の前の黒服の女から聞かされた言葉に耳を疑う。
「ですから、先程も申し上げました通り、貴女の兄に当たります架間空宙隊員は任務中、不慮の事故によりお亡くなりになられました」
{(……死んだ?)」
「つきまして、亡くなられた架間空宙隊員のご家族である架間夏奈を保護する措置を取る事が本部により決定されました」
「(…………お兄ちゃんが?)」
「架間空宙隊員が死亡した件に関しまして口外する事は禁則事項となります故」
「待ってよ」
――どうして?
「死んだって……どういうこと?」
「ですから先ほどから何度も」
「ふざけたこと言わないでよ!!!」
――そんなわけない
「ふざけてなどおりません。架間空宙隊員は正式に死亡が確認され」
「嘘よ!!! だって、絶対安全だって……」
――大丈夫だって
「不慮の事故であった為、我々としてもそこは」
「ふざけ……ないでよ……」
――必ず帰ってくるって
「お兄ちゃんが死ぬわけないじゃない!!!!!」
――約束したんだよ?
「はぁ……仕方ありません」
その時、黒服の女が合図を送ると、見えない角度に潜んでいたのか、男二人が現れ夏奈を取り囲むように押し入る。
「ちょっとっ、何するの……!離してっ!!!」
夏奈は自身を掴む腕を振り解こうと必死に抵抗するが、びくともしない。
「なるべく丁重にと承っておりましたが、あまり時間もありませんので」
「っ!!」
黒服の女は夏奈に近づくと、彼女の首に薬液の入った注射器を打つ。
「お……にい……ちゃ…………ん」
そのまま夏奈は意識を手放す。
兄を呼ぶ声は虚しくも無人の部屋に消えていくのだった。