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7.フルタイプ

 場面は再び転送事故後。


 異世界アレット、草原上にて。


* * *


三人称視点



 地球からの転送直後、原因不明の事故に巻き込まれてしまった空宙。

 エレマ体を装着していないどころか、感じるはずがない痛みからは、死の恐怖を覚えてしまい。


「グルァァッ!」


 何がなんだか分からずに、彼はその場で錯乱していると、今度は運悪く、アレットの原生生物と遭遇して――。


「--っ!!」


 凶悪な爪が、空宙へと襲いかかる。

 全く反応できず、その場で目を瞑ってしまう空宙。


 だが、その時。


「エアブロウ!!!」


 突如、風の塊が渦を巻きながら、後ろから物凄い勢いで空宙の横を通過すれば。


「ギャウッ!?」


 風の塊が直撃した魔物はそのまま数メートル先まで吹き飛ばされる。


「何してるの!!」


「え……?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった空宙は風の出所を見ると。


「あんた!! 動けるなら今すぐそこから離れなさい!」


 そこにはなんと、息を切らしながら右手を構える、橙色の髪をした女性がいた。


「は、はいっ……!」


 空宙は言われた通りすぐにその場から離れる。


「エアブロウ!!」


 女性は先ほどと同じ風の塊を発生させ、魔物に向かって撃つ。


「グルァッ!」


 魔物は再び攻撃を受けると痛みに叫び声を上げるが、先程より吹き飛ばされることはなかった。


「ちっ……やっぱりこいつはタフだね」


 女性の顔から焦りの表情が見え始める。


「もう一度っ! エアブロッ!?」


 その時、魔物はすぐさま態勢を整えるとその場から大きく飛び、覆いかぶさるように女性を襲う。


「……くっ!」


 女性は咄嗟に持っていた短剣で魔物の攻撃を凌ぐ。


「お姉さん!」


 空宙は思わず叫ぶ。


「私のことはいいから、早くここから逃げなさいっ……!」


 魔物の爪が、徐々に女性に近づこうとする。


「(どうしよう……! このままだとあの人が!)」


 何か出来ないかと急いで辺りを見渡す空宙。


「--っ!」


 すると。


「お、おいっ! あんた何を!?」


 空宙は近くに折れた木の棒が落ちているのを見つけ、そこに向かって走り出す。


 魔物への恐怖心を必死に抑える中、彼の脳裏に浮かんだのは。


「(俺だって……っ!)」


 井後と出会った、あの日のこと。



* * *


空宙視点



「フ、フルタイプ……?」


 俺は今し方、総隊長から聞かされた言葉に困惑した。


「そうだ。ピンとこないのも無理はない」


 総隊長はそういうとデスクに向かって歩きはじめ、一つの資料を取り出す。


「これを」


 渡された資料には【フルタイプ型エレマ体の人工実験】と書かれていた。


「これは……?」


「十年前、両世界の研究員たちで実験的に開発していた時の資料だ。それにはフルタイプ型の特徴、操作の仕方が詳しく載っている」


 総隊長はソファに座り直すと、置いてあった飲みかけのコーヒーに口につける。


「見てみろ」


 俺は総隊長の言葉を聞き、資料を捲る。


「--っ!!」


 そこには驚くべき事が書かれていた。


「各エレマ体の性能は其々特化型となっており、剣士は剣術、盾士は盾術、治癒士は治癒術、魔術士は魔術のみ扱える。だが、十年前の実験で開発しようとしたフルタイプ型のエレマ体…………それは四種類全ての性能が自由に扱えるというものだった」


「全て……」


「そうだ。しかし、操作性の難しさや装着維持が安定しない事もあり、最終的に実験は中断となってしまったがな」


 総隊長の声が少し落ちる。


「そう……ですか」


「あぁ。だがこうして……原因は分からないが、君はフルタイプ型のエレマ体を発現した」


 総隊長はそう言うと、再びソファから立ち上がる。


「俺は……今後どうなるんですか?」


「本来、適性検査によって出る適性は一種類のみで、合格した者は適性タイプに沿った操作訓練を受けてもらうが、君の場合、四種類全ての操作訓練を受けてもらう必要が出てくる。また、フルタイプのエレマ体については未だ不明な部分もある為、研究員の付きっきりの下、別室での訓練カリキュラムになるかもしれない」


 俺の問いに、総隊長は厳しい声で答えていく。


「君が望んだ事ではないが、銀のエレマ体を発現した以上、他の隊員達よりも何倍もの負担を抱える事になるだろう」


「……」


 とんでもない事になった。


 俺は思っていた以上の事の重大さに不安を感じていたが、夏奈の事もあり簡単に辞退するわけにはいかず、総隊長の話をただ黙って聞くしかなかった。


 その時。


「だが、君にとっても良い話はある」


「えっ?」


「総隊長の命により、この場を持って君を合格とし、特待枠への編入入隊措置を取ることも出来る」


「!!」


 総隊長の口からとんでもない話が出てきた。

 俺は驚き、思わず持っていた資料を落としそうになった。



 エレマ隊本部公認の特待枠。



 スカウトにて入隊が認められた者しか入れず、エレマ体の適性については各タイプのトップが揃う特殊部隊だ。


「先ほども話した通り、受ける操作訓練については誰よりも多く、カリキュラム的にもとても厳しいものになるが、その分基本給と報酬額及び待遇面については特待枠と同等の扱いとする。どうだ、受けるか?」


 隊長は、試すように俺に問いかける。


 思いがけないチャンスだった。

 自分の適性がフルタイプのエレマ体だと言われた時は不安と驚きがあったが、夏奈の為を考えたら願ったり叶ったりだった。


 迷いはなかった。


「はい、受けます」



* * *


三人称視点



 空宙は折れた木の棒を持ち、魔物に向かって走る。


「(今はエレマ体じゃないけど、俺だって散々訓練で鍛えてきたつもりだ)」


 狙うは、敵の目。


「(何も出来ないで死ぬよりかはっ……!)」


 魔物まであと二歩半。

 空宙は、木の棒を持った腕を大きく振りかぶる。


「わあぁぁぁ!」


 決死の思いで振りかぶった木の棒は見事に敵の目を貫通する。


「ギャウウウッ!!!」


 自身の眼を突かれた魔物は痛みにその場から飛び跳ねる。


「や、やったっ!」


 空宙はすかさず倒れていた女性に手を差し出し、起き上がらせる。


「助かった……ありがとう。この距離なら……」


 起き上がった女性は空宙にお礼を言うと、すぐさま魔物の方に向き、持っていた短剣を真上に投げる。


「お願い、これで倒れてっ……!」


 女性が構えた手からは先ほどと同じ風の塊が創られ、同時に投げられた短剣が女性の目の前に落ちて来る。


「エアブロウッ!!!」


 風の塊は落ちてきた短剣に当たると、短剣は物凄い勢いをつけ矢のように魔物に向かって放たれ。


 そして。


「グルァァッ!」


 見事短剣は魔物の胸の辺りを貫いて。


 魔物は悲鳴を上げ、とうとうその場に倒れ込むのだった。


「や、やったのか……?」


 空宙は、動かなくなった魔物をじっと見つめる。


「はぁ、はぁ……。どうやら……そのようだね」


 女性がそう言うと、同時に魔物から青白い光のようなものが放出される。


「--っ!」


 体中から放たれた光は二手に分かれ、空宙と女性の胸の中へと入っていき――。


「(こ、これって……)」


 それは以前、空宙が訓練中に隊長から聞かされていたものだった。


 絶命した魔物は身体からマナを放出し、己を倒した生命体に力を託す。


 その時、放出されたマナをエレマ体のコアに吸収し、持ち帰った際にマナを二つの用途に分配する手筈となる。


 一つはもちろん、再生エネルギー用だが。


 もう一つの用途はエレマ体の強化として――。


 エレマ体にはレベルがあり、レベルの高さはエレマの最大内臓量で決まる。魔物から回収したマナを電子と新たに結合させ、エレマ体の中に注入し、内臓量を増やしていくが、内臓量が限界に達した時、コアを改良し、エレマの最大内臓量を引き上げエレマ体のレベルを上昇させる。


 しかし、エレマ体を使用している際にもコアに内臓されているエレマを消費している為、レベルを上げるには消費した量よりも多くマナを回収しなければならない為、決して簡単な話ではない。


 より強くなる為、より多く稼ぐ為にはより多くのマナの回収を。


 だが。


「(おかしい……マナが吸収できるのはアレット人とエレマ体を装着している状態だけのはず……)」


 今の空宙はアレット人でも無ければエレマ体も装着していない状態。なのに今、確かに魔物から放たれたマナが空宙の身体に吸収された。


「(どういうことだ? 装着していないように見えて実は装着されているのか……?)」


「おい、大丈夫か? どこか怪我でもしたのか?」


 空宙が神妙な顔をしながらあれこれを考えていると女性が心配そうにその表情を覗き込む。


「いえっ! 大丈夫です!」


「それならいいけど……。それよりあんた、こんな所で一人で何してたんだ」


 ここで空宙は自身が置かれた状況を思い出す。


「そ、そうだっ! あのっ! 僕地球からここに転送されてきてっ! でも途中でトラブルがあって気付いたらここにいてっ! そしたらっ……!」


「分かった、分かった。まずは落ち着いて」


 空宙は必死に説明しようとするが、どこから話したら良いか分からず慌てていると、女性は様子を察してか、一度空宙を静止させる。


「あー、急に話をさせてしまってすまない。取り敢えず何かしら事情があるのは分かったから、一度私の村まで移動しよう。ここにいるとまた魔物に襲われかねないからね」


「す、すみません……」


「私の名前はアーシャ・ウィルド。アーシャでいいよ。あんた、名前は?」


 アーシャは散らばった荷物を拾い集めながら空宙に向かって名乗る。


「架間空宙です」


「ソラか、あまり聞きなれない名前だね。それじゃあソラ、ついてきて」


 空宙の名前を聞いたアーシャは優しく微笑むと、背を向け歩き出した。その背を見失わないよう空宙も立ち上がり、どこまでも続く草原の中を歩き始めたのだった。

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