空宙がお姉さんと別れてからすぐ――。
「D-0037、架間 空宙さんですね。どうぞこちらへ」
空宙は係員に案内され、プレハブの中へ入っていく。
プレハブの中にはいくつかの医療器具があり、白衣を着た医師と看護師が一人ずつ待機していた。
「こんにちは。これより、入隊検査を始めます。まずは御自身が入隊に当たり健康上問題がないかどうかを確認する為、簡易的な医療検査を行います。衣類はそちらで脱いでもらい、指定の物に着替え直して下さい」
空宙は医師から替えの衣類を受け取ると、そのまま看護師に案内され、脱衣スペースで着替える。
「では、採血を行いますので、じっとしていてくださいね」
再び医師の前に戻ってくると、早速医療検査が始められた。
採血が終わると、結果が出るまでの間は、過去の病歴や持病、基礎疾患など様々な事を問診される。
暫くして。
奥の方から看護師が姿を見せ、持っていた1枚の紙を医師に渡す。
「ふむ。数値は全て異常なし、と。特に問題はなさそうだね。これで医療検査は終了となります。着替え終わったらそのまま奥の出口へ進んで、次の検査会場へ向かって下さい」
医師は少し伸びた顎髭を触りながら検査結果が記された用紙を見つめ、空宙を次へと案内する。
「分かりました。ありがとうございます」
空宙は医師と看護師にお礼を言うと、先ほどの脱衣スペースで服を着替え直し、プレハブの出口へと向かった。
「お疲れ様でした。適性検査会場はこちらからとなります」
プレハブから出ると、出口で待機していた係員により空宙は次の会場へと案内される。
また、しばらく歩くと巨大なドーム型の会場が見え、【適性検査の方はこちらから】と表示された電光掲示板の指示に従って進んでいき――。
「うわ……」
会場に入ると、そこには次の検査を待つ人々が大勢いた。
ロビーと思われる広間の奥には窓口らしきブースが設置され、受付係が番号を呼びながら次々と検査会場へと案内していく。
「中も人がいっぱいいるな……」
会場の広さと人の多さに暫く呆気にとられていた空宙であったが、後ろから来る人の邪魔にはなってはいけないと思い、再び会場内を進み、自身の番号が含まれるブースを探していく。
「お、ここだ」
探すこと数分。
ブースを見つけた空宙は近くの空いてる腰掛けに座り待機する。
「適性検査か……どんな感じなのかな」
順番が来るのを待つ間、空宙はこの後行われる検査がどんなものかと考えていると、携帯の通知画面にメッセージが入っていることに気付く。
「ん?」
確認してみると、通知は夏奈からのメッセージだった。
”大丈夫? 無事についた?”
「”無事についたよ、今は適性検査場で呼ばれるのを待ってるところ”、と」
空宙は届いたメッセージを開くとすぐに返信を送る。
「(夏奈の為にも適性検査をクリアしないとな……調査隊員がダメだったとしても、最悪補助員ぐらいには滑り込まないと……)」
空宙が事前に聞いていた情報では、適性検査ではいくつかのステータスが数値によって示され、どれか一つでも基準値を超えていれば適性があると判断される。判断されれば調査隊員として正式入隊が認められるが、基準値を超えているステータスが一つも無ければ補欠行き、もしくは不適正として入隊不可になるとのこと。
「…………」
待っている時間が徐々に長くなるにつれ、空宙は次第に緊張していく。
すると、その時。
「お待たせ致しました。D-0037の番号の方、近くにいましたらどうぞこちらまでお越しください」
「っ! はい!」
自身の番号を呼ぶアナウンスが聞こえ、空宙は急いで窓口まで向かう。
「どうぞ、こちらからお入りください」
「ありがとうございます」
空宙は係員にお礼を言い、案内された部屋に入る。
案内された部屋の中は二十四畳ほどの広さで、真ん中には椅子が一つあり、先程とは別の係員が事前に用意されたスクリーンの横に待機していた。
「ようこそ。この度は異世界アレット調査隊員へ応募下さり、誠にありがとうございます。検査の前に簡単なガイダンスを行いますので、そちらの椅子にお掛け下さい」
係員が丁寧に案内すると、空宙は指示に従い目の前の椅子に腰掛ける。
「では、まずはこちらのスクリーンに映し出される資料をご覧下さい」
係員は手元の機械を操作すると、スクリーン上に資料を映し出す。
「改めまして、異世界アレット調査隊入隊適性検査へようこそ。これから検査を行っていくに当たり、改めて調査隊服【エレマ体】についてご説明させて頂きます」
スクリーンには二つの模型が表示されると。
「まずは、調査隊服【エレマ体】を構成する上で核となる物質に関わる二つの存在ついて説明致します。まずはこちら、”電子”から。ご存じの通り電子はこの地球上でありふれた素粒子の一種であり、あらゆる物質の構成に欠かせないものです」
おもむろに、係員が説明を始める。
「次にこちら、”マナ”ですね。十三年前、異世界アレットから持ち出されたもので、アレットでは生活全てにおいて必須となるものです。種類は火、水、土、風の四つが確認されており、用途に合わせて使い分けられていると、これまでの調査で明らかになっております」
映し出される資料は、係員の操作によって移る移る変わっていき。
「そして、この二つの存在を融合させたものがこちら。”electronics mana”、通称【エレマ】です。エレマに関しましては、同じ質量で核燃料と比較した際に数千倍のエネルギーを生み出す事が確認されてます」
さらば、係員はそう説明すると、今度はモビルスーツのような服をスクリーンに映し出す。
「そのエレマをコアとし開発された調査隊服がこちら、【エレマ体】となります。エレマ体の装着方法と致しましては、コアを起動することで事前に構築されたプログラムが発動し、自動で装着されるようになっています。そして、起動されたエレマ体はコアを消費する事で動力となり、皆さんの調査活動を支えます。ここまで何か質問はございますか?」
そうして、一通り説明を行った係員は、空宙に向かって笑顔で尋ねる。
「その、エレマ体については大体分かりましたが、俺達はどうやってそのエレマ体を使ってマナを採取すれば良いのでしょうか」
「はい。その件につきましてはこちらをご覧下さい」
続けて、スクリーン上に四種類のエレマ体が現れる。
「こちらは各タイプ毎のエレマ体となります。それぞれのタイプによって色が決まっておりまして、赤は剣士、青は治癒士、グレーは盾士、緑は魔術士となります。どのエレマ体を使用するかはこの後の適性検査の結果によって決まってきますが、皆様にはそれぞれに適合したエレマ体を使用して現地に生息する魔物を倒す、もしくは他隊員の補助を行ってもらい、倒した際に魔物から発生するマナを採取後、地球まで帰還して頂きます」
空宙は頷きながら、更に質問を続ける。
「仮に適性検査をクリアした後はエレマ体を操作する練習期間などはありますか?」
「はい。もちろんです。いきなりアレットに調査に行くことは難しい為、こちらで訓練期間を設けておりますのでご安心ください」
「なるほど……」
いきなりぶっつけ本番というわけでは無いのだなと思った空宙は、その場でフゥっと息を吐く。
そして、これまでずっと一番に心配していた事を尋ねる。
「では、先程魔物を倒すとありましたが、エレマ体を着た隊員への危害はないのでしょうか?」
誰しもが一番気にするであろう、己の身の安全。
もちろん空宙も、この点については何よりも気にしていた。
「結論から申し上げますと問題はございません」
係員は空宙の質問に対し、淡々と答えていく。
「エレマ体につきましては先ほど申し上げました通り、エレマをコアとして起動された調査服となりますが、起動時はこのコアが少量ずつ電子とマナに分解されます。この分解されたうち、電子は皆さまのボディを守る働きとなり魔物からの攻撃を防いでくれますので、仮に攻撃を受けた際、多少の衝撃はありますが、人体に直接的な影響を与える事はありません。また、マナはそれぞれのタイプに合わせた装備や攻撃手段となり、魔物を倒す為の働きをしてくれます」
「(つまり、電子は防御の役割を果たし、マナは攻撃の役割を常に果たしてくれるということか……)」
空宙は係員からの説明を聞き、一安心する。
だが。
「ただし、一つ注意事項があります」
「注意事項……?」
係員の言葉に、空宙の顔が怪訝な面持ちへと変わる。
「はい。エレマ体を起動している際はコアが常に分解されますが、コアにも分解できる限界量が存在します」
「限界量……ですか?」
「はい。その限界量を超えるまでのエレマ体の使用は決して行ってはいけません」
係員はこれまで以上に真剣な顔つきで空宙を見る。
「限界量を超えてしまったら……?」
空宙は、恐る恐る尋ねれば。
「装着していたエレマ体はその場で霧散し、その時点で調査隊員はエレマ体ではなく生身の身体に戻ります」
「えっ!」
「更に、エレマ体でなくなった調査隊員は、”二度と地球には戻ってこれなくなります”」
「っ!?」
返ってきた係員の言葉に思わず声を出し、酷く驚愕する。
「も、戻れなくなるって、どういうことですか!」
空宙は思わず椅子から立ち上がっては、慌てて係員に尋ねる。
「落ち着いてください。あくまで最悪の場合についてです。現にこれまで戻ってこれなくなった隊員は一人もおりません」
係員は問い詰めようとする空宙を宥なだめる。
「アレットに向かうにあたり、エレマ体を装着している事で本基地に設置されている転移装置からワームホールへと移動する事が可能となっております。従って、向こうでエレマ体が解除されると本部とのリンクが切れてしまうため帰還出来なくなってしまうのです」
「そんな……」
「本部からも全ての隊員の状況は把握しておりますので、万が一限界量に近づいた場合は速やかに該当隊員に帰還命令を通達致します。また、帰還命令を無視された場合はこちらからの操作で強制帰還とさせて頂き、強制帰還を受けた隊員は後日ペナルティが課せられますのでお気をつけて下さい」
係員はそう言うと、最後に再び笑顔を見せた。
「わ、分かりました……」
「では、ガイダンスは以上となります。この後は適性検査となります。お疲れ様でした」
こうしてガイダンスは終わり、空宙は係員によって更に奥の通路へと案内される。
「(なるほど……基本的にはエレマ体を付けていれば魔物からの攻撃を受けても無傷で済むが、本部からの命令を聞かずに深追いすると帰れなくなるというわけか……)」
空宙は長い廊下を歩きながら、ガイダンスでの話を整理していると、これまで見た中でも特段頑丈そうな扉の前にたどり着く。
「こちらが適性検査場となります。ここから先は撮影や録音などの行為は一切禁止となりますので、ご注意ください」
係員は検査場前まで案内すると、ガイダンスが行われた部屋に向かって戻っていった。
「……よし、いくか」
空宙は係員の姿が見えなくなると、目の前の扉に手をかけ検査場に入っていった。