入隊検査前夜。
「お兄ちゃん、いよいよ明日なんだね」
使い終えた食器を洗いながら、夏奈が話し掛けてくる。
「あぁ。ただ明日の検査次第によっては不適格になる場合もあるみたいだから、応募したら確実にそのまま入隊ってわけではないけどね」
応募書類を提出してから二週間。
無事に本部から入隊検査への案内書が届き、入隊検査日を明日に控えた俺は夕飯をすませ、荷造りを進めていた。
「前にも話したけど、何事もなく入隊したら暫くは家には帰れなくなると思う。けど、夏奈の事はスーパーのおじさんにもお願いしているし、災害があった時の為の非常食や避難用具は揃えてあるから大丈夫だよ」
大丈夫、大丈夫と、俺は何度も頭の中で繰り返す。
夏奈の学費の為だ。大丈夫、だいじょう……
その時。
「--っ!!」
不意に、後ろから夏奈が抱き着いてきたのだ。
「お、おい。急にどうした」
驚いた俺は、思わず夏奈の方を向けば。
「っ!」
咄嗟に握った夏奈の手は、微かに震えていて。
「お兄ちゃん、やっぱり調査隊員になるの辞めようよ……。夏奈はお兄ちゃんと一緒にいるだけでも十分だよ……」
夏奈の声は、今にも泣きそうで、それでも自分の気持ちを伝えようと必死に堪えたような、そんな声だった。
俺は、抱き着く腕をゆっくりとほどき、夏奈の方を向いて。
「夏奈。心配してくれてありがとうな。でも大丈夫。何があってもちゃんと帰ってくるから」
目を赤くして俯く妹の顔をじっと見つめた。
「それに、俺がこれまで頑張ってこれたのは夏奈のお陰なんだ。夏奈が元気で居てくれたから、俺も元気で居られた。だから、夏奈には無事に大学に行って、やりたい事を好きにやって欲しいと思ってる」
そうして、夏奈の手を優しく包み込むように、両手で握ってあげて。
「兄ちゃんが魔物沢山やっつけて大金手に帰って来るから、そん時は美味しいご飯でも食べに行こうぜ!」
俺はそう言って、少しでも不安を取り除こうと笑顔で夏奈に話し掛けた。
「……うん」
夏奈はまだ不安そうにしながらも、ゆっくりと頷いてくれて――。
「でも、これだけは約束して。何があってもちゃんと家に帰ってくること、絶対に」
夏奈は俺の目を強く見つめながら、左手の小指を差し出す。
「ああ。それだけは絶対に守る」
俺はそう言うと、差し出された小指に自分の小指を掛け、夏奈と約束を交わした。
――翌朝。
「よし、じゃあ行ってきます!」
俺は右肩に大きめのボストンバッグを掛け、玄関先で見送る夏奈に声を掛ける。
「うん。気を付けてね」
少し冷え込む朝に、夏奈は身体を冷やさないようパーカーを羽織りながら、兄の出発を見送ってくれて。
俺は夏奈に笑顔を見せると、住み慣れたアパートを背にし。
ゆっくりと、歩き始めた。
* * *
夏奈視点
「…………」
兄の行く先の方から昇る朝日が眩しくて、思わずワタシは目を細ばせてしまう。
大事な家族の背中が段々と。
小さく、小さくなっていく。
「どうか、どうか。無事に帰ってきますように……」
ずっと胸に抱えていた不安は決して消える事はなく。
ただ、ただ。
ワタシは、兄の無事を祈った。