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1.さよなら、日常

2113年 日本 

掛間空宙 エレマ部隊入隊前



「-……本日正午、政府は会見にて[エネルギー再生計画:エレマ]の続報を発表しました。今後も引き続き異世界アレットへの派遣調査隊員を募り……-」


 九月の下旬とはいえ、まだ残暑が続く夕下がり頃。

 大学から帰ってきた俺は、ラジオから流れるニュースを聴きながら目の前の書類に筆を走らせていた。


「お兄ちゃん、本当に大学辞めて隊員に入るの?」


 唯一の家族である妹、夏奈なつなが心配そうに声を掛けては、こちらに寄ってくる。


「あぁ。隊員になれば今の美とより高い給料が出るし、夏奈の大学進学の為の学費を工面することも出来るようになるからな」


 俺は夏奈に顔を向け、そう、笑顔で答える。


「でもお兄ちゃん、宇宙飛行士になるのが夢で大学に入ったのに……」


「いいんだよ。それに、隊員になれば、調査隊として異世界に行けるようになるし、それってもう、ちょっとした宇宙飛行士になったようなものだよ。それよりも俺は、夏奈が安心して大学に通えるようになってくれるほうが大事なんだ」


「でも、隊員になったら、魔物? と戦わないといけないんでしょ? そんなの絶対危ないよ……」


「大丈夫だって。ほら、夕飯の買い出しに行こう」



 俺たち兄妹は、幼い頃に両親を亡くした。

 両親を失ってからは、俺が高校を卒業するまで田舎の親戚の下に引き取られ、高校卒業後は夏奈と共に世話になった親戚の下を離れて、都内の安いアパートで二人暮らしを始めた。


 俺は小さい頃から宇宙飛行士になるのが夢で、大学も必死に勉強して学費免除が与えられる推薦枠で入学。入学後はアルバイトをしながら妹の学費と二人の生活費をやりくりしてきたが、政府が発表した調査隊員募集を見て、大学中退を決意。妹の学費工面の為、今回調査隊員に応募することにした。



 [エネルギー再生計画:エレマ]


 2100年、日本上空に突如として出現したワームホール。

 そこからはもう一つの世界に存在する惑星、【アレット】からの使者が現れた。

 使者曰く、アレットでは人類と魔族の間に定められた「人魔間不可侵条約」が存在し、長い年月、人類と魔族は戦争することなく互いに共存を図るよう働きかけていた。


 こちらの世界に来た使者も、異世界アレットに存国する【レグノ王国】の役人として、魔族との外交に務めていたというが、ある日、魔族が王国領へ侵攻。


 王国側も応戦するが全く歯が立たず打つ手が限られた中、緊急手段である「次元転移魔法」を使用。こちらの世界にやってきたという。



 政府はレグノ王国の使者達と会談する中、ある材料に興味を示した。



【マナ】



 それは異世界アレットで生存する為にはかかせない、万物の根源ともなる存在。


 火、水、土、風と、様々な種類があり、アレットで生きる人類は皆、このマナを用いて生活しているという。


 政府はこのマナをエネルギーの代替に出来ないかと考えた。


 現代日本においてエネルギー供給については死活問題であり、年々諸外国からの石油供給量も減少。代替案すら打つ手がない状況だった中、異世界からの新物質の到来は、日本政府にとってもこの上ない好機だったわけだ。


 早速日本の科学者たちは挙ってマナを研究し始めた。


 すると、マナと”電子”の間に親和性がある事が発見された。それは、結合させればエネルギーとして利用が可能となり、なんとその効果は原子力と比べると同じ質量でも数千倍にも上るという結果だった。


 これを受け政府は、マナを供給してもらう事を条件に、レグノ王国と同盟を結ぶ事を決断。


 すぐさま政府はアレットへの調査隊を派遣する為、ワームホール間の移動可能な戦闘服をレグノ王国の研究者たちと合同開発し、2110年に完成させる。


 開発された戦闘服はマナと電子の融合体として【Electronicsエレクトロニクス manaマナ】、通称[elema:エレマ]と名付けられる事ととなり、今年の春、正式に[エネルギー再生計画:エレマ]を発表したわけだが――。



「-調査隊員は回収したマナの量に応じて報奨金を授与-、か……」


 俺は、普段通うスーパーに向かいながら、募集の内容を読み込んでいた。


 マナを回収するにはワームホールを移動し異世界アレットへ向かい、そこに生息する”魔物”を倒す事によって得られ、得たマナを戦闘服エレマによって回収、帰還した隊員は持ち帰った分に応じて報奨金が与えられるという。


「本当に魔物と戦っても怪我したりしないの?」


 また、夏奈が不安そうな顔をして俺に訊いてくる。


「うん。どうやら政府が開発した戦闘服は魔物の攻撃を受けても問題ないらしい。募集を掛ける前から実験段階で何名か調査隊としてアレットに向かわせていたみたいだけど、全員無事に帰還出来たことは公表されてるし……」


 そもそも170年近くも戦争をしていない日本人が急に異世界に行ってそこで戦ってこいだなんて、ノーリスクじゃない限り一般募集かけても誰も集まりゃしないだろうと、俺は思っていたーー。



「おっ! いらっしゃい! 今日も献立探しかい? いつも偉いねぇ。兄ちゃん、今日は学校じゃなかったのか?」


 スーパーに近づくと、聞き馴染みのある声が俺達を呼びかけてきた。


 思わず、声のする方を向くと、そこには店前で店員のおじさんが笑顔で俺達の方に大きく手を振っていたのが見えた。


 おじさんは俺達兄妹がここに引っ越してきた当時から良くしてくれる、善の塊のような人だ。俺達もここで二人暮らしを始めて以来ずっとこの店に通っていた為、いつの間にかおじさんとは親戚の付き合いみたいに仲良くなっていた。


「いえ、今日は早く終わったので夏奈と一緒に。おじさん、今日はサンマですか?」


 俺はおじさんに返事をし、特売と書かれたステッカーが貼られたパックを見る。


「そうっ! 今日はサンマが特売! 一つ買ってくれたらお二人さんには特別にもう一つ追加してあげるよ!」


 おじさんは笑顔でうなずくと、俺達にサンマを渡す。


「おじさん今日もありがとう! お兄ちゃん、私ちょっと卵見てくるね!」


 夏奈はおじさんにお礼を言うと、そのまま反対側のコーナーに向かっていく。


「ははっ、今日も夏奈ちゃんは元気だね。ここに来たときはまだ中学生だったのに、今じゃもう高校生か」


「そうですね。ここにきてからおじさんには本当にお世話になってます。いつも俺達兄妹に良くしてくださって、ありがとうございます」


 おじさんは俺達が兄妹だけで暮らしているのを知っている為、よくこうして特売品をサービスしてくれるのだが、これまで家計がやりくり出来ているのもおじさんのお陰だと俺も夏奈も日々感謝していた。


「やめてくれよ改まって、今に始まった事じゃないだろう。お二人さんが頑張っているのはいつも見ているから。おじさんも応援したくてしてるだけさ」


 おじさんは照れ臭そうに鼻下をかきながら話す。


 そんな様子を見た俺も照れながら笑うと、改まっておじさんに顔を向けて――。


「おじさん、今日は大事な話がありまして。実は、俺はしばらく家を出ることになるので、その間、どうか夏奈の事を気に掛けてやってくれませんか」


 今回の件をおじさんにも伝えれば、もちろん、おじさんは突然の話に驚いて、目を丸くしながら俺の顔を見る。


「お、おい。家を出るって、どっか遠くに行っちまうのか? そっちの家で何かあったのかい?」


 おじさんは俺の両肩を掴むと、真剣な顔をして何があったかと聞いてくる。


「い、いえ。家に何かあったわけではありません。おじさんも、ほら、エネルギー再生計画のニュース見ましたか?あれの調査隊員に僕も応募しようと思いまして。ただ、一度調査隊員になると長期間家に帰れなくなる場合もあるので、その間は夏奈をおじさんにお願い出来ないものかと……」


 俺は、おじさんに多少面を喰いながらも事情を説明した。


「あれか? ああ、見たさ。でもお前さん、調査隊員と言ってもやってる事は他国の戦争に行くようなものじゃないか……。お偉いさん方は命に問題ないと言うが、あんなのどうしても信じられねえ。今からでも遅くない、止めたほうがいい。夏奈ちゃんもお前さんに何かあったら悲しむぞ」


 事情を聞いたおじさんは、俺を心配し、諭すように話す。


 異世界の存在についてはすっかり知られるようになってはいたが、いざ調査隊員を送るとなると皆がみな賛成というわけではなかったのだ。


「大丈夫です。ちゃんと無事に帰ってきます。調査隊に入れば報奨金も沢山貰えますし、そのお金で夏奈を大学に行かせてやりたいんです。なのでおじさん、どうか、夏奈の事をしばらくお願い出来ませんか」


 俺は、頭を下げおじさんに頼み込んだ。


 夏奈は、俺にとって唯一の家族であり、大切な妹なのだ。


 今更親戚の下へお願いするのも気が引け、普段から良くしてくれるおじさんならお願いできないものかと、エレマ部隊に入ることを決めた時から考えていたのだ。


「しかし急に言われてもなぁ。夏奈ちゃんは兄ちゃんが調査隊員に応募する話は知ってるのか?」


 おじさんは困惑しながらも尋ねる。


「はい、夏奈には既に話しています。ただ、何もしないまま妹を一人にするのは俺としても心配なので……」


「……はぁ。そこまで言うなら、分かった。ただし、これだけは約束してくれ。”何があっても絶対に無事に帰ってこい”」


 おじさんは俺の手を取り、強く握りしめながらしっかりと俺の目を見て話す。


「はい。それだけは必ず」


 俺もおじさんの気持ちに応えるように、向けられた目をしっかり見つめ返す。


「あっ、お兄ちゃーん! お会計終わったから袋に詰めるの手伝ってー!」


 その時、レジ付近から夏奈の声が聞こえてきた。


「ではおじさん、俺たちはこれで失礼します。サンマ、おまけしてくれてありがとうございます」


 俺はおじさんに再度頭を下げ、夏奈の元へ向かう。

 夏奈もおじさんに向かって手を振ってありがとうと伝えている。


「あぁ! またなー! 夏奈ちゃんもありがとうね!」


 おじさんは俺達に手を振り返してくれる。


 そして、俺達は家へと帰っていった。




「……何事も無ければ良いんだが」

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