-2113年 日本国東京 エレマ部隊基地本部内-
「-……繰り返し、基地内隊員へお伝えします。間もなく、14:25発アレット行き、転送装置が作動いたします。まだ、転送フロアにお越しでない隊員は急ぎフロアまで……-」
アナウンスの声が基地内を駆け巡り、フロアが次第に慌ただしくなる。
未知の世界への期待で胸を躍らせる者や、不安を抱える者。
緊張する者。誰よりも、戦果を上げようと息巻く者。
一人ひとりが、思い思いに色んな感情を抱いていた。
異世界【アレット】
十三年前。
ワームホールの出現とともに、突如として現れた異世界人により、日本の国内事情は急変した。
新たな世界。
新たなエネルギー物質。
新たな、可能性。
アニメやゲーム、漫画でしかなかった、ファンタジーの世界への扉が。いま目の前に、現実世界に現れた。
そんなの、信じろと言われても、誰もが難しいことだった。
俺も、その一人だった。
ついこの間まで、どこにでもいるただの大学生。
朝は電車に乗り、昼間は講堂で学業に励み、課業後は、アルバイトで学費と生活費を。
家に帰れば晩御飯の支度をし、その後は寝るまで大学の課題をこなす事を繰り返した日々だった。
そんな俺は、いま。目の前に佇む異世界への入り口を見つめていた。
直径十メートル以上はある巨大な円状。ブラックホールのように
ずっと見ていたら、こっちまで引きずり込まれそうな錯覚を覚えてしまうほどの、不思議な光景。
そうか。
この先に、異世界が。
「おい」
「ーーっ!」
「さっきからずっと同じとこしか見てねぇが、お前まで他の奴らみたいに怖気づいちまったのか?」
じっとワームホールを見つめていると、突然、白髪ウルフカットの男が俺に声を掛けてくる。
「なんだ、
俺はその声にハッとしてしまい、慌てて返事をする。
「……そんなことかよ。別に取って喰われるようなことはねぇってのに。どいつもこいつも浮足立ちやがって。あと、オレのことは岩上と呼べって、何度言えば分かる。次同じように読んだら、向こうの奴らより真っ先にお前を殺すぞ」
「はは……そうだったな。すまない……」
年は俺と同じくらいで、身長は176cmとやや高め。白髪ウルフカットに鋭い目つきが特徴だ。
出生は不明だが、軍の総隊長に直接スカウトされて入隊した経歴を持っている。
いつも警戒心が強くて、基本的に他人の言う事は一切聞かないんだが、唯一総隊長の指示だけは素直に聞くらしい……
「……ふっ。軍は本気でこの男をスカウトして入隊させたというのか? 今更だが、こんな協調性もない奴と部隊を組ませるとは、上層部もどうかしている」
その時、護の隣からは、同じく転送を待つ別の男が、ため息交じりに愚痴をこぼし始めた。
「あぁ? んだとこら、もう一回言ってみろ」
途端に、護が男に詰め寄ろうとする。
リムレスタイプの眼鏡を掛けた青年。身長は180cmほどで、薄い青色をした髪が特徴だ。
幼少期からピアニストとして育てられ、ジュニア期から様々な大会で優勝。ついには、世界的に有名なコンテストでグランプリを獲るまでに。彼のことはテレビでも見たことがあったけど、ある日突然引退を発表。その後、表舞台には姿を見せることはなかったけど、軍のスカウトを受け入隊したらしい。
「止めないか、二人とも」
護と瀧が小競り合いを始めようとしたその時。
続けざま、長髪長身の女性が二人の間に割って入ってくる。
「他の隊員も見ている手前だぞ、もう少し我々の立場を考えて立ち振る舞わないか」
転送を待機する他の隊員たちが、こちらの様子をちらほら見始めたのが気になったのだろう、彼女は統べるような凛とした声でその場を諫めようとする。
彼女は戦闘体エレマ開発の最大出資財閥「左雲家」の長女であり、幼い頃からの英才教育と、高い身体能力を買われ、自らもエレマ部隊への出向を命ぜられた超エリート。
自身の生まれを誇りに持ち、長年日本の経済基盤を支え続けてきた父を常日頃として尊敬しているらしい。
「まぁまぁ、俺ら立場上何やらかしても本部から目ぇ瞑ってむらえるんだし、そんなに特段気にする必要ないっしょ! それよりさぁ……。左雲ちゃん、異世界着いたら俺っちとデートでもどうよ?」
彩楓さんが二人の下へと向かおうとした時、今度は茶髪に顔の整った男が、彼女の左肩に腕を乗せ、ヘラヘラと笑いながら話し掛けてきた。
「またその話か。何度言えば分かる。お前のような男は我が左雲家には微塵も相応しくないと。せめて冗談はその目障りな髪を全て剃り落とし、紳士たる所作を全てこなせるようになってからにしろ」
けれど彩楓さんは、すぐに自身の肩に置かれた腕を振り払うと、話し掛けてきた男を蔑むような目で見始める。
実家が剣道を営む道場で、入隊前は雑誌モデルをやっていたそう。ある日、エレマ部隊の入隊勧誘広告モデルとしてスカウトされ、そのまま入隊したと。
女遊びがとにかく好きで、基地内でも女性隊員を見かけるたびにナンパをし、夜な夜な娯楽施設を行ったり来たりしているそうだが、父親が道場の師範代で、幼少期から剣道の鍛錬をしていただけはあり、その実力は本物だ。
「はぁ~~~~っ!! やっぱ左雲ちゃんは手厳しいですなぁ~~っ! ……そんなんだから、いつまでも男出来ないんじゃね?」
「なんだと?」
烈志の一言で、彩楓さんの顔が一気に険悪な表情になる。
「おい、お前らっ……」
このままだと余計に周りの隊員たちを困らせてしまうと、場を落ち着かせようと俺は四人の下へ足を向けた。
その時だった。
「「「「「ーーっ!!」」」」」
転送装置を中心に、その場一体が突然白く輝き始める。
「-隊員の皆様へ。ただいまを持ちまして、転送準備が整いました。これより、異世界アレットへの転送を行います。技術スタッフの皆さんは危ないですので、フロアから避難してください……それでは、エレマ部隊員の皆様へ。ご武運を。転送、開始-」
アナウンスの合図とともに、俺達が一斉に転送装置に目を向けたと同時、転送装置が作動し始め。
瞬間、辺り一面が真っ白に染まり出し。
俺は、眩しくて思わず目を瞑ってしまった。
「…………っ!」
恐る恐る目を開くと、そこは既にワームホールの中だった。
帯状の光と疎らに光る紫色の玉。
それ以外は一切、何も見えない、ただただ虚無だけが広がる無重力の空間。
不思議な感覚だった。
身体がワームホールの中心に向かって徐々に加速していくのが分かる。
そうか。
いよいよだ。
この先に、異世界が。
まだ見たことのない世界が、広がっているんだ。
夏奈。とうとうだ、とうとう俺……
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「--っ!!!!」
突然、悍ましく反響する声が、耳元で発せられた。
俺は驚き、思わず急いで声の出所を探すと。
その、途端。
「-アラート、アラート。転送中に原因不明のエラーが発生。軌道修正中……修正不可。バックアップに切り替えます……接続不可、接続……不…………」
転送中のエレマ体に異常が発生した。
突然の事態に、俺はパニックになりながらもすぐに緊急ボタンを作動させようとパネルを開いた。
「どうしたっ!! 何があったっ!? 本部! 緊急事態だっ! 応答せよっ! 応答せよっ!!」
転送中のエレマ体がバランスを失う。
途轍もない引力が襲い、身体のあちこちが無造作に引っ張られていく。
「(そんな……夏奈……な……つな…………)」
何もかもが分からないまま、俺は意識とともに闇の空間に飲み込まれ、そのまま姿を消した。
――ごめんなさい
-エレマ部隊本部制御室ステータス管理パネル-
『
ステータス
【死亡】