-異世界アレット レグノ王国王国城内祭儀場-
どこまでも広がる暗雲。
雷は轟き、雨が激しく地面を叩きつける天候の中、幾人の足音が祭儀場内に響き渡る。
「レム王っ! 間もなく次元転移魔法の準備が整います!」
祭儀場深部から現れた一人の男が、外から向かってくる集団に声をかければ。
そのとき深部では、既に数名の魔法士たちが、儀式の準備へと取り掛かっていた。
「ここからいけるのだな」
集団の中で一段と装飾の施された衣類を纏っている男が、傍についていた魔法士に問いかけると。
「はい、ここより異世界に繋がります」
そう、魔法士が返事をした、その時。
「ーーっ!! レム王っ! 次元転移魔法が発動しますっ! 危ないですので少しばかり離れておいでくださいっ!」
突如、魔法陣が白く輝き始めては、複数の側近たちが慌てて国王の身を案じ、魔法陣から距離を保つように促す。
「うむ。では……ユスティよ。向こうへ行ったら頼んだぞ」
そうして王と呼ばれる者は、魔法陣から離れつつ、先程から魔法陣の真ん中に立ち、転送の瞬間を待つ一人の男に声を掛け、一身の望みを託す。
「御意。必ずや、我がレグノ王国の危機を救ってみせます」
重役を担う男は、王の声を聴くや、己が従う主に向かい、深々と頭を下げる。
「では……」
そして同時。魔法陣の輝きが一層強くなれば、描かれた魔法陣の外周から眩い光が円筒状に放たれて、それらは徐々に中心へと向かうと。
「……行ったか」
遂には、魔法陣の中に居た男の姿と共に、消え去っていったのだった。
次元転移魔法の発動を終え――。
暫しの静寂が祭儀場内に漂う中、次元転移魔法の発動に懸っていた魔法士達はみな、疲れ果て、その場に座り込み。
王も、その様子をじっと見つめては、祭儀場内に木霊する雨音を静かに聞き続けていた。
--------刹那
「ーーっ!! 何が起こったっ!?」
轟音鳴り響くや、突如として発動し終えたはずの魔法陣が、再び輝き出せば。
その輝きは先ほどよりも激しく、更には魔法陣を中心に祭儀場全体が大きく揺れ始める。
「ーーっ! これは……っ! 国王っ! 魔法陣の暴走です! 早くここからはなれっ!?」
瞬間。
国王の目の前にいた配下の一人が、魔法陣から放たれた光に巻き込まれた途端に、その姿を消してしまう。
「ーーっ!? 皆の者!! 直ちにここから離れ、柱の後ろや物陰に身を潜めるのだっ! 決してあの光に触れるでないっ!!」
己が配下を一瞬にして消し飛ばした光が、只ならぬものと悟った国王は、急いで皆に向かい叫び、自らもその場を離れ、近くの窪みに身を隠そうとする。
暴走した魔法陣から放たれ続ける光の勢いは留まることを知らず、遂には祭儀場の天井を破壊。
そこから、王国城内へと雨あられのように降り注がれていった。
「………………」
どれほどの時間が経っただろうか。降り注ぐ無数の光に誰もが手も足も出せず、ただただ怯える中で。
凶悪な光の雨は、次第に弱まっていくと、魔法陣の輝きと共に、再び静まり返る。
そうして。
「……っ!!」
国王が恐る恐る顔を上げ、祭儀場内を見渡せば。
「そ……そんな…………」
そこに以前の様子はどこにもなく。魔法陣によって放たれた無数の光により、壁はあちこちが崩れ落ち、祭儀場内を彩っていた美しいステンドグラスの装飾は、無惨にも原型がないほどに削れていた。
祭儀場にいた配下たちも、何名かは姿が見えず、幾人かは身体の一部だけが光に巻き込まれたか、片腕がないものや、上半身の全て巻き込まれ、下半身だけを残した肉塊として転がっている者さえいた。
どれほどの配下を失ったのだろうか。
国王は目の前に広がる残酷な光景に言葉を失い、只々立ち尽くすしかなかった。
その時。
「ーー! ーーーーっ!!」
祭儀場深部入口から、慌ただしい声が王を呼ぶ。
「あなたっ! あなたっ!! ティーファがっ! ティーファレットがっ!!」
――また、繰り返されるのか
-2100年、地球:日本-
何気ない日常。
「なんだ? あれ」
雑踏の中、一人の男が空を見上げ、ある一点を指差せば。
指さす方向には、肉眼でギリギリ見えるほどの小さな黒点が。
「おっ、おい!!!!」
その時、黒点を中心に空に割れ目が現れると。
その割れ目は、留まるどころか急速に広がっていく。
大勢の人々が、目の前の光景に足を止めていた。
ある者はその光景に慄きその場から逃げ出せば、別の者はこの出来事を千歳一隅とみて、嬉々としてこの瞬間を残そうとカメラを取り出そうとする。
「人だっ! 人がいるぞ!!」
割れ目によって出来た次元の断層から現れたのは、異世界からの使者達。
その者達はまるで、御伽話に出てくる天使のように、悠々と地上へと舞い降りる。
異世界の者は言う。
「異世界の方々、どうか私達の世界を助けて下さい」
そうしてその日。
日常は、世界に別れを告げた。