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第4話

 数時間程その状態が続き、その間飲まず食わずの理仁を心配した坂木は理仁の横にやって来て声を掛ける。


「理仁、ほら、せめて水分くらいは摂れ。それと少し外の空気でも吸ってこい」

「……ああ、悪い。けど、とても外の空気を吸う気にはならねぇよ」

「気持ちは分かるが、お前がそんな事でどうする。彼女は頑張ってるんだ。目を覚ました時、お前がそんな死にそうな顔してたら心配するだろうが」

「……分かってるが、とにかく今は傍に居てやりてぇんだよ」

「…………血は繋がってねぇ筈なのに、お前と鬼龍の親父さんは似てるよな」

「そうか?」

「ああ、そっくりだ。あの時、親父さんも、そうして彼女にずっと付いていたしな」

「……そうだったな」


 坂木の父親と鬼龍組の先代が顔馴染みだった縁で、坂木医院は極秘の手術などを請け負っている。過去に先代と恋仲だった女性が抗争に巻き込まれてしまった際も、坂木は彼女の手術を行ったのだが、残念な事に彼女は亡くなってしまった。


「俺は、あの時の義父おやじの悲痛な表情が忘れられない。自分を責めていた、あの表情かおが今でも焼き付いている。それが原因だったんだ、俺が女を遠ざけていた理由は」

「そうだとは思っていた。けど、今は彼女の事が大切なんだろう? その気持ちを尊重するべきだ。彼女はきっと助かる。だから、希望を捨てるな。お前は顔色を良くして彼女が目を覚ますのを待ってやれ」

「……そう、だな。それじゃあ少しだけ、外の空気を吸ってくる。その間、真彩を頼む」

「ああ、任せておけ」


 坂木と話をした事で少しだけ胸のつかえが取れた理仁は一旦病室を出て行った。


 坂木と理仁が会話を交わしているさなか、真彩は意識を取り戻していた。理仁は背を向けていたので気が付かなかったようだが坂木はそれに気付いていた。


 けれど、真彩に話したい事があった坂木はそれを敢えて口にしなかった。


「目が覚めたようだね」

「……はい」

「まだ暫くは安静にしていてね」

「はい……あの、坂木……さん」

「何だい?」

「その、今のお話……」

「ああ、鬼龍の親父さんの話かな?」

「はい」

「理仁が女性を遠ざけていたのは親父さんの件があるからなんだ。親父さんは、当時愛していた女性を抗争に巻き込んでしまった。うちには瀕死の状態で運び込まれて来たんだ。出先を襲われたと聞いた。運び込まれて来て、手術もしたけど、結局助からなかった。親父さんは最後まで彼女に付き添っていた。ずっと悔やんでいたよ、自分が鬼龍組の組長だという事を。その時、理仁も病院に来ていて、親父さんの様子を遠くから見ていた。理仁なりに、思う事も色々あっただろうね」

「そうだったんですね……それなのに私は、理仁さんに辛い思いをさせてしまって……」

「責める事はないさ。理仁の事だ。自分の気持ちに気付いていても、踏ん切りがつかなかったと思う。けど、今回の事で理仁は君という存在がかけがえのないものだと確信出来た。理仁を縛っていた呪縛を解く事が出来たんだから」

「……坂木さん……」

「さてと、そろそろ理仁が戻って来るだろうから俺は外へ出ようかな」


 その言葉と共に処置室のドアが開いた。


「……真彩……」

「理仁……さん」

「目が、覚めたのか……」

「はい、あの……ご心配、おかけして――」


 真彩が目を覚ましているのを目の当たりにした理仁はすぐさま駆け寄り、彼女が言い終える前に傷に障らないよう横になったままの真彩に覆い被さると、優しく身体を抱き締めた。


「理仁……さん……」

「良かった、本当に……」


 真彩から理仁の表情が見えてはいなかったけれど、微かに震える身体と伝わる温もりに少しずつ胸が熱くなっていき、気付けば真彩の瞳から涙が溢れていく。


 そんな二人の様子を黙って見守っていた坂木は静かに部屋を出た。


 そこへ、


「坂木さん、真彩さんは……」

「大丈夫、もう心配ないよ」

「本当っスか!? 良かった……」


 心配して駆け付けてきた朔太郎や翔太郎たちに真彩が無事に目覚めた事を伝え、二人きりにしようと提案して三人はその場から離れて行った。


 暫く理仁に抱き締められていた真彩は伝えたい事があって口を開く。


「理仁さん」

「何だ?」

「……書置きをして、勝手に出て行ってしまって、本当にごめんなさい」

「もういいさ。怒ってねぇよ……けどな、もう二度と、しないでくれ」

「はい…………私、耐えられなかったんです。自分のせいで、理仁さんが危険な目に遭う事が」

「ああ、分かってる。もう気にするな」

「でも……」

「それなら俺も言わせて貰うが、俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、それでお前が危険な目に遭うくらいなら俺は傍に居て欲しいんだ」

「……理仁さん」

「頼むから、もう二度と俺から離れるな。ずっと傍に居てくれ」

「……本当に、良いんですか?」

「勿論」

「……嫌だって言っても、離れませんよ?」

「そんな事を思う訳ねぇだろ、寧ろ嫌だって言っても離さねぇよ」

「はい、離さないでくださいね」

「ああ」

「…………」

「……真彩、愛してる」

「私も、愛しています」


 見つめ合い、ようやく互いの想いを口に出来た二人は、どちらからともなくキスをした。

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