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第3話

「真彩! しっかりしろ!」

「あ、姉さん!」


 理仁を庇って右胸辺りを撃たれた真彩の顔はどんどん青ざめていき、着ている白地のシャツは血で赤く染まっていく。


 その一部始終を見ていた惇也は車から降りて真彩を撃った相手に話し掛けた。


「作馬……お前……」

「アンタがヘマするから、俺が代わりにやってやったんだよ」

「作馬! てめぇ自分がした事分かってんのか!? 撃ったのは組織に関係のねぇ女だぞ!」

「分かってますよ。けど、俺が狙ったのは鬼龍だ。それをあの女が勝手に出て来て弾が当たった。それだけの事ですよ」


 理仁を狙い、庇った真彩を撃ったのは作馬で彼は惇也が交際していた奈々葉の弟だった。


 奈々葉は惇也と別れた後、理仁に振り向いて貰おうと必死だったけれど見向きもされなかった。


 彼女は良いところの生まれで欲しい物は必ず手に入れていたものの、お金があっても美貌があっても理仁の心を手に入れられなかった事でかなりのショックを受けた。そして理仁が店に来なくなると彼女自身も店を辞めて引き篭もるようになってしまった。


 それから精神的に病んだ彼女は怪しい仲間に出逢って薬に手を出し、最終的には事故死してしまった。


 そんな姉の末路が原因で作馬の家族は崩壊し、当時中学生だった作馬は親類に引き取られていく。


 それから約一年後、以前奈々葉から惇也と交際していた事を聞いていた作馬は偶然繁華街で惇也と再会し、惇也から姉の人生が狂ってしまった原因が鬼龍組組長にあるという話を聞かされて復讐を遂げる為に惇也と共に八旗組へ入り、任務をこなしながら理仁に復讐する機会を窺っていた。


 惇也が理仁を仕留めるならばそれでいいが、もし失敗した際は自らが手を下すと覚悟を決めていたようで、血に染る真彩に縋る理仁を前にした作馬は薄ら笑い、再び銃口を二人に向ける。


 しかし、八旗の組長や惇也に取り押さえられた彼が再び引き金を引く事はなかった。


 そんなやり取りも作馬の思惑も今の理仁にとってはどうでも良い事で、作馬たちに目を向ける事すらしない。


 本来ならば救急車を呼んですぐに近くの病院へ運んでもらうのが最善なのは誰が見ても一目瞭然なのだが、拳銃で撃たれたとなれば当然警察も動く事になる。


 組織絡みの事案で警察が介入するのはあまり芳しくない事もあり、理仁と朔太郎は真彩を車に乗せると、朔太郎が出来る限りの応急処置を施し、理仁は急いで坂木の病院へと車を飛ばして行った。


 病院には予め連絡を入れていた事もあり、着くとすぐに手術が始まった。


 応急処置はしてあるものの多少時間が経ってしまっている事、出血量、撃たれた部分、パッと見ただけでも状態が良くない事が分かるのか、坂木は処置室に入る間際、『最悪の場合も想定しておいて欲しい』と理仁に告げていた。


「……真彩、何で俺なんかを庇ったりしたんだ……」


 待合室にあるパイプ椅子に腰掛けた理仁は頭を抱え込んで自分を責め続けていく。


「お前にもしもの事があったら、俺は、どうすればいいんだ……」


 これは、理仁の本音だった。


 今まで女に興味の無かった理仁。ただそれは女が嫌いだとか、男に興味があるとかそういう事でもない。


 大切な人を作ってしまうと危険な目に遭わせる確率が増える事、常に危険と隣り合わせの世界で生きる自分のせいで相手に苦労をかけたくないという思いから意識的に異性を好きになる事を避けていただけ。


 そして、極めつけは鬼龍組の先代だった理仁の義父と彼が愛した女性の悲しい最期を目の当たりにしていた事が原因だった。


 悲しい過去があるから、自分は生涯恋愛をする事はない、する気もないと決めていたのだけれど、真彩に出逢った事でその決意は徐々に揺らぎ始め、気付けば『生涯を共にしたい』と思える存在になっていたのだ。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。理仁がふと顔を上げると、窓から朝日が差し込んでくる。眩しさで目を細めたその時、処置室のドアが開いて額に汗を滲ませた坂木が険しい表情のまま理仁の元へ歩いて来る。


「坂木、真彩は!?」

「…………手術は成功した。弾も急所は外れていたが、とにかく出血が多かったせいか危険な状態には変わりない。後は、彼女の生命力に懸けるしかないな」

「…………そうか」

「彼女の傍に付いていてやれ」

「ああ、そうするよ」


 坂木はポンと理仁の肩を叩くと外の空気を吸いに玄関から出て行くのを見届けた理仁は、看護師によって病室へ運ばれた真彩の元へ向かった。


 真彩のすぐ横に椅子を持って来た理仁は腰を下ろし、眠っている彼女の髪をそっと撫でた。


「……真彩、頼む。どうにか頑張ってくれ。俺はまだお前に、何も伝えてないんだ」


 真彩は惇也の元へ向かう前、理仁宛に残した書置きに自分の気持ちを綴っていた。


『もう二度と恋愛なんてしないと思っていたけれど、貴方に出逢って、その決意は揺らいでいきました。今ではもう、貴方の事が大好きです。大好きだから、貴方を危険な目に遭わせたくはないんです。勝手な事をしてごめんなさい、分かってください』と。


 それを見た理仁は心底後悔した。既に両想いだった事にそれとなく気付いていたのに、勇気を出せずに気持ちを伝える事もなく過ごして来た事を。


「お前だけ言い逃げなんて、狡いだろう? 目を覚まして、俺の話も聞いてくれよ……」


 弱々しく語り掛ける理仁の表情は、かなり憔悴しきっていた。そんな中で手を握り、ただひたすら真彩が目を覚ましてくれる事を願い続けていた。

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