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第4話

「り、理仁さん」

「ん?」

「あの……」

「ああ、悪ぃな」

「いえ……」


 西条からだいぶ離れた場所までやって来た二人。その間ずっと握られていた手に戸惑っていた真彩が声を掛けると、今まで手を握っていた事に気付いた理仁が謝りながら離す。


「アイツはどうしようもねぇ女好きでな、好みの女を見つけると毎回ああなんだ。けどまぁ、もう寄って来ねぇと思うから安心しろ」

「そうなんですね。テレビや雑誌なんかで見た事はありましたけど、もっと紳士的な方かと思ってました」

「見た目だけはな。実際は女好きの金持ち糞ジジイってとこだ」

「ふふ、言い方が……」

「ようやく笑ったな」

「え?」

「やっぱり、お前はそうして笑ってる方が良い」

「!!」


 思いがけない理仁の言葉にようやく落ち着き掛けていた真彩の鼓動は再び高鳴り、速まっていく。


「やあ、鬼龍くんじゃないか」

「お久しぶりです……真彩、ちょっと行ってくる。飲み物でも飲んでその辺で待っててくれ」

「あ、はい……分かりました」


 そんな中、パーティー参加者に声を掛けられた理仁は真彩に断りを入れて知り合いの元へ向かって行った。


(……あんな事、急に言われたら……ドキドキしちゃうよ……)


 一人になった真彩は未だ鳴り止まない鼓動を鎮める為、飲み物でも飲んで落ち着けようと飲み物を取りに行く。


 赤ワインの入ったグラスを手に、理仁が見える位置の邪魔にならない場所で待っていた真彩。理仁は顔が広いようで、ひっきりなしに参加者たちに声を掛けられていた。


(さすがKIRYUグループの経営者なだけあるなぁ……普段表に出ないって言っても、やっぱり顔が広いんだ……)


 真彩は感心しながらワインをちびちび口に運んでいると、


「キミ、一人?」

「良かったらあっちで俺らと話さない?」


 金髪ロン毛で盛り髪のチャラ男と、黒髪ツーブロックにパーマをかけた爽やか男の二人が声を掛けてきた。


「あの、連れが居るので……すみません」

「連れ?」

「さっきから見てたけど、一人だったよね?」

「あ、もしかして警戒してる? 大丈夫、何もしないって!」

「そうそう、ただ話するだけだよ」

「いえ、本当にあっちに連れが居るので失礼します」


 断っても話を聞いていないのか、聞く気がないのか真彩の言葉にまるで耳を傾けない二人の男。


 何を言っても相手にならないと判断した真彩がその場を去ろうとするも、


「待てよ」

「逃げるなんて酷いな。もしかして、俺らの事知らない? これでもモデルなんだけど、俺たち」

「そうそう、声掛けて貰えるなんてキミ、ラッキーだよ?」

「俺らと話したい女なんて沢山いるんだからさぁ」


 二人で真彩の行く手を阻むと、自分たちはモデルで声を掛けられた事はラッキーだなどと御託を並べていた。


(何なの? 別に声掛けて欲しいなんて頼んでないし……)


 さすがの真彩もこれには呆れ、反論しようと口を開きかけると、


「おい、子供ガキが人の女口説いてんじゃねぇよ」


 真彩と男たちの間に割って入った理仁は、もの凄く威圧的な態度で相手を睨みつけながら牽制した。


「あ? 何だテメェ」

「邪魔すんなよ……」


 突然現れ威圧的な態度で向かって来られた男二人は苛立ちながら理仁に喧嘩を売ろうとするも、


「す、すみません、失礼します!」

「あ、おい、何だよ……」


 黒髪男の方は理仁の事を知っているようで、分が悪いと思ったのか金髪ロン毛男を連れて逃げるように去って行った。


「大丈夫か?」

「理仁さん……」

「だから言ったろ? 不逞な輩はいるって」

「すみません、気を付けていたつもりなんですけど……」

「いや、離れてた俺が悪い。挨拶も済んだし、そろそろ行くぞ」

「は、はい!」


 持っていたグラスを返却した真彩は会場を出て行く理仁の後を追いかけた。


「翔、待たせたな」

「もう良いんですか?」

「ああ」


 駐車場に停めてある車に戻ると、既に待機していた翔太郎が二人を出迎え後部座席のドアを開ける。


「真彩さん、顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」

「え!? あ、う、うん……大丈夫」

「何だ、ワイン一杯で酔ったのか?」

「そ、そうかもしれないです……」

「水、買ってきましょうか?」

「ううん、本当に平気だから!」

「そうか? なら出発するぞ。翔、頼む」

「はい」


 真彩の顔が赤いのは酔ったからではない。先程男たちに言い寄られていたところに割って入った理仁を思い出して、頬が赤くなったのだ。


(あの時の理仁さん、凄く格好良かった……)


 走る車の中で、真彩は思う。理仁は何故、いつも優しくしてくれて、困った時は助けてくれるのかと。


(深い意味は無いんだろうけど……あんな風にされると……平常心じゃいられないよ……)


 悠真が生まれ、シングルマザーとなった真彩はこれまで恋愛に興味を持たず、仕事以外で積極的に異性と関わる事すらなかった。生活していくだけでいっぱいいっぱいだった彼女は、いつしかトキメキという感情すら忘れていた。


(……何か、こういう感じ、久しぶりだな……。胸が、キュンとする……この気持ち)


「真彩、気分はどうだ?」

「大丈夫です」

「そうか。なら良い」


 真彩の体調を気遣い、優しげな瞳で見つめる理仁。


 真彩は、薄々気付き始めていた。自分が少しずつ理仁に惹かれ始めている事に。


(でも、この気持ちは所詮いっときのモノだよ……私はもう、恋愛なんてしない。悠真が大切だから、自分の事なんてどうでもいい。悠真さえ幸せならそれでいい)


 だけど、過去に辛い経験をした真彩にとって悠真が全てで、恋愛だけは二度としないと心に決めていたので、その気持ちに無理矢理蓋をしてしまいこんだ。

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