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第3話

「それじゃあママ行ってくるから、朔太郎くんや他の方に迷惑かけちゃ駄目よ?」

「うん!」

「姉さん、心配しなくても大丈夫っスよ! 俺が責任持って面倒見ますから! 姉さんもパーティー楽しんで来てください!」

「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」


 二十四日、理仁と共にパーティーに出席する真彩は美容室でヘアメイクをしてもらう為午前中から出掛けて行く。


 朔太郎が付いているし、ここ数日やけに悠真の機嫌も良い事から心配ないと思いつつも、やはり気になってしまう真彩は出掛ける直前まで皆に迷惑をかけない、泣かないよう悠真に言い聞かせた。


 実は、悠真が機嫌がいいのにはある理由があって、真彩たちが出掛けてすぐ、その為の準備に取り掛かっていた。



「凄い……」


 美容室のVIPルームでヘアメイクを済ませた真彩は理仁によって用意されたパーティー用のドレスを目の当たりにして思わず声を漏らす。


 用意されていたのは高級ブランドで丈が膝より少し下くらいの長さがあるフレアスカートのブラックドレス。


 シンプルだけどラインが美しく、胸元のフラワーレースが大人っぽさを引き出し、ウエスト辺りにあるスパンコールが更にゴージャス感を演出している。


 そしてアクセサリーなどの小物類も全て高級ブランドで統一されており、身に付けたら総額いくらくらいになるのかと考えながらスタイリストに言われるがまま着替えをしていく真彩。


 全ての準備を終えて別室で待っていた理仁の元へ姿を見せると、


「お前はスタイルが良いから色々と迷ったが、俺の目に狂いは無かったな」


 したり顔で彼は言う。余りにもさらりと褒められた真彩は気恥ずかしくなって少し俯いてしまう。


「そんな事ないです……ドレスが素敵だからそう見えるだけで……それに、こんな高価な物を身に付ける事なんてないから……凄く緊張してます」

「気負う事はねぇ、楽にしてろ。レンタルじゃなく俺が買い取った物だから汚しても構わねぇさ」

「それでも……やっぱり緊張しちゃいます……」


 理仁からすれば高価な服だとしても、たかが服という認識なのだが真彩からすればそう割り切れる事では無いようで、パーティー会場に着いた訳でもないのに終始緊張していた。


「まぁ慣れねぇのも仕方ねぇか。それじゃあ会場に向かうぞ」

「は、はい」


 準備が整った事もあり、パーティー会場へ向かう為店を出ようと歩き始めた理仁に続こうと真彩が一歩足を踏み出した、その時、


「あっ!」


 履きなれないヒールに足を取られてバランスを崩してしまった真彩が声を上げる。


 転ぶ事を覚悟したのだろう。咄嗟に目を閉じて受け身の体勢を取ろうとした真彩だけど、すんでのところで理仁が受け止めたので転ぶ事はなかった。


「悪い、急かすつもりはなかったんだが……平気か?」

「は、はい……すみません」


 不可抗力とはいえ理仁に抱き留められる形になった真彩の鼓動は速まり、頬が少しずつ紅く染まっていく。


「ヒールは履き慣れてねぇのか?」

「はい……」

「まぁ、悠真が居ればヒールなんて履いてらんねぇか。ほら」


 離れて体勢を整えた真彩の目の前に、理仁は腕を差し出した。


「えっと……あの?」

「また転ぶと危ねぇからな。掴まっておけ」

「……ありがとう、ございます」


 たかが手を繋ぐのにも緊張するのに、腕を組むだなんて更に緊張でしかない真彩の鼓動は加速するばかり。


 理仁の腕に自身の腕を絡めた真彩の頬は熱を帯び続けていた。


「兄貴、到着しました」

「ご苦労、適当に時間潰しててくれ」

「はい」


 到着したのは国内最高級と評されている超一流のホテル。立地や景色が良く、客室一部屋一部屋がとにかく広い。


 そして階によってコンセプトが変わっているので、リピーターは泊まるたびに階を変えているという。


 政界や芸能界では結婚式などをこのホテルのパーティーホールで行う事が多く、富裕層のみが利用出来るホテルとも呼ばれていて、それ以外の一般市民が利用出来るとすれば、せいぜい二階にあるホテルバイキングくらいだろう。


「ここで開かれるんですか?」

「ああ。主催者はこのホテルのオーナーだからな。毎年パーティーの日はホテル自体貸切になる。客室も今日はパーティー関係者しか泊まれねぇんだ」

「そうなんですね。そういえば、ここのパーティーに参加した後も別のパーティーの予定があるんでしたよね?」

「ああ。だからここではあまり飲み食いしねぇ方がいい。ここはあくまでも顔を出す程度だからな」

「分かりました」


 表情にこそ出さないけれど、真彩は先程以上に緊張していた。それもその筈、普通に生活しているだけではこの様な高級ホテルで開かれるパーティーになど参加出来る事などないのだから。


「それと、なるべく俺から離れるな。こういうパーティーにも少なからず不逞な輩はいるから」

「はい」

「万が一俺が居ねぇ時にしつこい奴に声を掛けられたら適当にかわして離れろ。いいな」

「分かりました」


 最上階にある会場へ辿り着くと、既に沢山の参加者たちが各々パーティーを楽しんでいた。


「あ……あの人……」


 初めに真彩が見つけたのは、テレビで観ない日は無いくらい人気の若手女優。その周りにはテレビや雑誌でよく目にする芸能人たちが多数集まっていた。


「鬼龍くん、今年も素敵な女性を連れているなぁ」

「これはこれは西条さん、今年もお招き頂き感謝します」

「いやいや、君とは常に良好な関係で在りたいからねぇ。それにしても、彼女はなかなかの美人じゃないか。良いねぇ、彼女も会社関係者かね? どうかな、少しばかり私に貸しては貰えないかな?」


 理仁に声を掛けてきたのはこのホテルのオーナーでパーティー主催者でもある西条さいじょう 高雄たかお。メディアにも顔を出す事が多いので真彩も顔と名前くらいは知っていたものの、会った印象はあまり良いものではなくて自然と笑顔が作れずにいた。


 その原因は西条の真彩を見る目と言動だろう。彼は綺麗な女性に目がなく、特に真彩は彼の好みの女性なようで、なめるような視線で真彩を見つめた後、まるで物を貸し借りするかの如く軽い口調で驚きの言葉を口にしたのだから。


 明らかに嫌悪感を抱き、若干引き攣った表情を浮かべる真彩に気付いた理仁はさり気なく背に庇いつつ、


「いえ、コイツは俺にとって特別な女性でして、物のように貸し借りをする様な事は出来ません。では、失礼します」


 終始表情を崩さずに西条と会話を交わした理仁は軽く会釈をすると、真彩の手を取って歩き出した。

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