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第3話

「朔、お前阿呆か? そんなとこに俺が行ったらおかしいだろーが」

「そんな事ないっスよ? ねぇ、姉さん!」

「はい、勿論です。理仁さんさえ良かったら是非一緒にどうですか?」

「せっかくだが、俺はそういうとこは苦手だから――」


 朔太郎や真彩に誘われるも遊園地なんて自分には合わないと乗り気になれない理仁。そんな様子を見ていた悠真は、


「……りひともいくの?」


 くまのぬいぐるみを抱きしめ、真彩の後ろから遠慮がちに問い掛けた。


「悠真、理仁さんを呼び捨ては駄目だ! 俺らなら全然いいけど!」

「すみません理仁さん! 」


 呼んだ当の本人は何故周りが慌てているのか全く分かっていない様子できょとんとしている。


 実は悠真は理仁の事をまだ名前で呼んだ事がなくて、今初めて名前を呼んだのだ。


 名前で呼びたいと思えるようになったという事は心を許し始めている証拠なので、それについては喜ばしい事なのだけど、朔太郎や翔太郎を呼ぶ時と同じ感覚で呼んだものだから当然呼び捨てになるのも仕方が無い。


 しかし、いくら子供と言えど流石に組長である理仁を呼び捨てというのは如何なものかと真彩たちは焦り、何とか悠真に呼び方を改めてさせようとする。


「別に構わねぇよ。悠真は悪気があって言ってるんじゃねぇんだ。な、悠真」


 けれど呼ばれた理仁本人は全く気にしていないようで表情は変わらないどころか、少し緩んでいるようにも見受けられる。恐らく名前を呼ばれて満更でもなかったのだろう。


「仕方ねぇな、たまにはこういうとこで息抜きってのも悪くはねぇか。それじゃあ日曜日は混まないうちに早めに出掛けるぞ」

「了解っス!!」

「はい! 遊園地楽しみだね、悠真」

「うん!」


 こうして日曜日にメルヘンランドへ行く事になった四人。喜ぶ真彩と悠真を前にした理仁は満足そうな表情を浮かべていた。


 その夜、


「理仁さん、報告があります」

「例の事か?」

「はい」


 皆が寝静まった頃、理仁の部屋を訪れたのは朔太郎で何やら報告をしに来たと言う。それに心当たりのある理仁は朔太郎からその報告内容を聞くと、


「そうか、分かった。もしもう少し詳しく聞けるようなら聞いておいてくれ」

「分かりました……けど、どうして理仁さんが自分で聞かないんですか? 別に俺じゃなくても話してくれると思いますけど」

「いや、これはお前の方が適任だ。引き続き頼むぞ」

「……はい。それじゃあ失礼します」


 少し腑に落ちない表情の朔太郎は返事をするとそのまま部屋を後にした。



「わぁー!」


 日曜日、開園時間より少し前に辿り着いた真彩たち。


 時間になって中に入るや否や、人の多さに少々うんざり気味の理仁をよそに、悠真は瞳を輝かせながら嬉しそうな声を上げる。


「ママ、くまさんいる!」

「本当だねぇ。大きいくまさんだね」

「くまさぁん!」

「あ、悠真! 勝手に行っちゃ駄目よ!」


 大きなクマが出迎えてくれているのを見つけた悠真は喜び、繋いでいた真彩の手を振りほどいて近くへ行こうと走り出すも、


「こんな人混みで迷子になったら大変だぞ?」


 理仁にひょいと身体を抱き上げられて行く手を阻まれてしまう悠真。


「あー! くまさんのとこいくの!」


 止められてしまった事に機嫌を損ね、ぐずり出す悠真だったけれど、


「分かった。今連れてってやるから暴れるな」


 あやす代わりに肩車をし、クマの所へ近付いて行く理仁。そんな彼の行動に満足した悠真は、


「ママ、さくもきて!」


 再び機嫌を直し、後ろに立っている真彩と朔太郎を手招きしながら側へ来るよう呼び寄せた。


「悠真、嬉しそうッスね」

「うん」

「何だかんだ言って、理仁さんもかなり嬉しそうッスけどね」

「あんなに嬉しそうな顔見たの、初めて」

「俺もっスよ? あんな表情見た事ないっス」

「そうなの?」

「はい。理仁さんって基本無表情だし、仕事中はやっぱり少し怖いし。家でもそんなに表情緩めるとか無かったっスけど……何つーか、姉さんや悠真が来てから少し変わったんスよ。良い意味で」

「そうなんだ」


 傍から見ると、今の理仁と悠真はまるで親子のよう。いつも朔太郎とじゃれている悠真だけど、それとはまた違う楽しさや安心感を感じているように真彩は思っていた。


「何か、ああしてみると理仁さんと悠真、親子に見えますよね」

「うん、私もそう思ってた。多分、悠真もそんな風に感じてるんじゃないかな?」

「かもしれないっスね」

「やっぱり、あのくらいの年頃じゃ父親の存在が恋しいよね……」

「うーん、まぁ言われてみると、俺もそんな頃があったかもしれない。けどまぁ、俺には兄貴が居たからまだ寂しくなかったかな」

「そっか。翔太郎くんとは四つ離れてるんだよね?」

「はい。だから俺よりしっかりしてたし、幼いながら母さんに負担かけないよう色々やってくれてました」

「翔太郎くん、しっかり者だものね」

「そうっス! 俺の自慢の兄貴っスよ」

「兄弟っていいね。私自身一人っ子だったからそういうの憧れる。悠真も周りを見たらそうの思うかも。兄弟もいない、父親もいない。可哀想な事……してるよね……」

「いや、それは仕方のない事っスよ! そういう人だって沢山いる。姉さんのせいじゃないよ」

「ふふ、ありがとう。朔太郎くんは本当に優しいね」

「そんな事、ないっスよ……。…………その、この前の続きになるんスけど……悠真の父親って、どんな人なんスか?」

「…………うーん、そうだな……一言で言えば、酷い人だった……かな」


 本当なら思い出したくもないし話したくも無かったはずの真彩だけど、遊園地という楽しい場所で、周りから楽しそうにはしゃぐ声や嬉しそうな声が聞こえてくると心が緩むのだろうか。


 この場でなら話せる気がした彼女は悠真がクマと戯れている光景を眺めながら、朔太郎に悠真の父親についての話を始めた。

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