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第3話

「ママぁ……」

「悠真、遅くなってごめんね」

「うわぁーん……」


 屋敷に戻ると、悠真の泣き声が外まで響いていた。


 それもそのはず、二人が出掛けたのが昼過ぎだったのに、今はもう陽も落ちて薄暗くなった夕方なのだから。


「翔太郎くん、大変だったでしょう? 本当にごめんね」

「いえ」

「朔太郎くん、悪いんだけど悠真の事お願い出来るかな?」


 いつもなら当たり前のように悠真の面倒を見てもらう事を頼む真彩だけど、先程の空気もあって頼みづらいのか様子を窺いながらやんわりお願いすると、


「勿論、俺の仕事ッスからね。ほら悠真、男なんだからいつまでも泣くなって。な?」


 いつもの様に笑顔を浮かべ、優しげな表情で悠真に接していた。


「ありがとう、よろしくね」


 それを見た真彩も安堵し、早々に夕食の準備へ取り掛かるのだった。



「真彩、話がある。悠真が寝たら俺の部屋に来い」


 夕食を終えて悠真を寝かせる準備を整えていると、部屋の外から理仁の声が聞こえてくる。話というのは恐らく昼間の出来事だろう。


「分かりました」


 騒ぎを起こしたのだから怒られる事は覚悟していたはずの真彩だけど、朔太郎に聞いた話を思い出すと更に気が重くなる。


 自分や悠真を思い同行者を付けて危険が無いようにしてくれていたのに、自ら危険を呼び込む状態を作ってしまったのだから正直理仁に合わせる顔がないのだ。


 複雑な心境の中、ようやく悠真が眠ったので静かに部屋を出た真彩は理仁の部屋の前までやって来た。


(……入りづらいな)


 怒られる事は仕方ないにしても、やはり合わせる顔がないと思っている真彩はなかなか声を掛けられず、部屋の外で数分留まり続けていたのだが、


「真彩、いい加減入って来い」

「は、はい! 失礼します!」


 理仁は初めから気付いていたようで、なかなか入って来ない真彩に痺れを切らし、声を掛けて入るよう促した。


「……あの……」

「立ち話もなんだから、そこに座れ」

「は、はい……失礼します」


 PC机に向かったままの理仁が真彩にソファーへ座るよう声を掛けると、話始めようとしていた彼女は素直に従い腰を下ろす。


 面と向かってだと話しづらいだろうという彼なりの配慮で振り返る事無くPCに向かったままなのだが、それを怒っていると勘違いした真彩は俯いたまま黙り込んでしまう。


 五分程は無言のままだっただろう。一向に話し始めない真彩に代わって理仁が口を開いた。


「今日は、大変だったらしいな。朔から聞いた」

「あの、本当に――」

「謝罪はしなくていい。あれはお前が悪い訳じゃねぇんだから」

「でも……」

「やはり初めに説明はしておくべきだった。これは俺の落ち度だ。済まなかったな、怖い目に遭わせちまって」

「……!」


 理仁の言葉に、真彩は面を食らう。怒られると思っていたのに怒られるどころか自分のせいだと謝罪し、身を案じてくれたのだから。


「違います! あれは私が――」

「もういい、済んだ事だ。何より、お前に怪我が無くて良かった。それだけだ」

「……理仁……さん」


 真彩はそれ以上何も言葉に出来なかった。それは、自分を責める事もせずにいてくれる理仁に何を言えばいいのか分からなかったから。


「この前、お前や悠真の事は命に代えても守ると言ったのに、これじゃあお前も不安だろう。もう少しよく考えねぇとな」

「いえ、そんな事ないです! 理仁さんをはじめ、朔太郎くんも翔太郎くんも他の組員の皆さんもとても良くしてくれています! 皆さんが居るから、私も悠真も安心して過ごせているんです! 今回の事は、私の自覚が足りなかったせいですから、理仁さんのせいじゃありません!」

「いや、俺が甘かったんだ。真彩が自覚出来ねぇのは仕方ねぇさ、普通に生きてりゃ、そうそう俺たちのような人間と関わる事なんてねぇんだから。どの程度危険かだって想像し難いだろう」

「……朔太郎くんから、聞きました。どのくらい危険があるのかという事を」

「そうか。本来守ると言った俺の傍に置くのが一番なんだが朔に聞いた通り、俺は色々な奴から恨みを買ってるから俺の傍に居る方が危険になる。だから朔や翔たちの傍に置いてるんだが、それでも危険な事には変わりねぇ。けどな、だからといってお前や悠真を屋敷に押し込めたままで居させる訳にもいかねぇし、俺としては出来るだけ普通に生活させてやりたいと思ってるんだが、今日の事で怖くなっちまったか?」

「……確かに、怖くないと言えば嘘になるし、もしあれが悠真と一緒に居る時や悠真一人が捕まっていたらと思うと、怖くてたまりません……でも、危険な目に遭う事なんて普通に生活をしていても起きるかもしれませんし、寧ろ今の方がずっと安心出来ます。だって、皆さんが私や悠真を気にかけて、守ってくれるから」


 真彩は理仁を真っ直ぐに見つめながら、言葉を続けていく。


「一人で悠真を守りながら過ごして来た今までよりも、ずっと安心して過ごせています。だからあの日、理仁さんに声を掛けて貰えて良かったです。これからも、よろしくお願いします」

「…………」


 真彩の言葉は理仁にとって、意外な言葉だったのだろう。衝撃を受けるのと同時に理仁は胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。


「まさか、そんな事を言われるとは思ってもなかった。お前や悠真が怯えずに暮らせるよう、俺らは最善を尽くす。だから、これからも頼むぞ、真彩」

「はい!」


 真彩は思う。これからも鬼龍組を支えていける様に、一生懸命自分に出来る事をしようと。そして、皆に迷惑がかからないように勝手な行動をしない様に心掛けようと。


「それじゃあ明日も早いので、これで失礼します」

「ああ、おやすみ真彩」

「おやすみなさい、理仁さん」


 挨拶を交わし理仁の部屋を後にした真彩は軽い足どりで自室へ戻って行き、それを密かに見守っていた朔太郎と翔太郎もまた口元に笑みを浮かべながらそれぞれの自室へと戻って行くのだった。

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