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第2話

「え……? で、でも……」


 確かに仕事は探しているが、果たして今しがた会ったばかりの彼を信じていいものか悩む真彩。そんな彼女が何に悩んでいるか気付いた男は、


「給料は……そうだな、月に百万でどうだ?」

「百万!?」


 聞いたら誰もが驚くべき金額を提示して真彩を驚かせた。


「ああ。しかも住み込みだ。悪い話じゃないだろ?」


 住み込みで月に百万という普通なら有り得ない話に怪しみつつも、好条件の話に心が揺らぐ真彩。


(どうしよう……百万なんて金額……どこを探しても無いよ。でも、そんなに高額なんて明らかに怪しいよね? そもそも本当にこの人を信用していいの? っていうか、この人何者? 経営者なの? 風俗どころか、もっと危ない所に連れて行かれたり……身売りされたりするかも……)


 彼女が葛藤するのは当たり前だ。世の中こんな甘い話には大抵何か裏があるものだから。


 しかし、金髪男はそれも全て想定内のようで、


「俺は鬼龍きりゅう 理仁りひと。言っておくが、お前が思ってるような怪しい奴とは違うし紹介する仕事は怪しいものじゃねぇ。とは言っても完全に不安を取り除ける訳もねぇか。まあ、少なくとも風俗に売ったり、危険な事をさせる訳じゃねぇから安心しろ」


 名を名乗り、真彩が不安に思っている事を言い当てたのだ。


 そこまで言われてしまうと最早それ以上何も言えず、しかも断りにくい。


(怪しさはある……けど、どうせ水商売をやろうと思ったんだから、覚悟を決めるしかない……よね。生きていく為には)


「……私は神宮寺 真彩と言います。どんな仕事でも頑張ります! 一生懸命働きます! どうぞよろしくお願いします!」


 不安は残るものの、覚悟を決めた真彩は理仁の提案を受ける事にした。


 月収額から紹介される仕事を推測すると、風俗では無いにしろ水商売の類だと真彩は考えていたのだけれど、話は思わぬ方向へと進んでいく。


「それじゃあ真彩、早速行くぞ。住み込み希望って事だが、今のお前の身軽さからすると、荷物は何処かに纏めて置いてあるのか?」

「あ、はい。近くのビジネスホテルを借りていて、そこにあります」

「じゃあまずはその荷物を取りに寄ってから行かないとならねぇな」

「あの……行くって何処へ……」

「俺の屋敷だが」

「鬼龍さんの……?」

「理仁で良い。お前の仕事は屋敷の家事全般だからな。屋敷に来ないと仕事にならねぇだろ?」

「え? 私、家政婦として雇われるって事ですか!?」

「何だ、嫌なのか?」

「い、いえ、そうではなくて、その……月収額からして、水商売の類かと思ったものですから……」

「そうか。まあ本気でそっち方面で働きたいなら止めはしねぇが、お前は違うだろ? それに正直俺はお前に水商売は務まらねぇと思ってる。だから家政婦が妥当だと判断した」


 真彩からすれば家政婦として雇われる事は願っても無い事なのだが、それにしては貰える金額が多過ぎる気がしてならない。


(屋敷って言うくらいだから、余程のお金持ち……って事だよね? きっと物凄く大きな御屋敷なんだ。高級な物が沢山置いてあるような……。家事は得意な方だけど、御屋敷の家政婦なんて、私に務まるかな……)


 考えれば考える程不安ばかりが押し寄せてネガティブモードになるも、やると決めたからにはどんな仕事でもこなさなければならない。


(務まるかなじゃなくて、やらなきゃ!)


 そう自分に言い聞かせて喝を入れた真彩は改めて理仁に視線を向ける。


「あの、一つお話しなきゃならない事があるんですけど、いいですか?」

「何だ?」

「実は私、バツイチ子持ちで……子供を今、託児所に預けているんです。住み込みで働く際、一緒に住まわせてもらっても大丈夫でしょうか?」


 真彩の告白内容が全くの予想外だったのか理仁は一瞬固まった。


 けれど、その話を聞いた事で彼の中にあつた疑問に全ての合点がいったのか「そうか、それで……」と小さく呟き納得し、


「構わない。早速迎えに行ってやれ」


 口元に小さく笑みを浮かべながら言葉を返した。


「ありがとうございます!」


 安堵の表情を浮かべた真彩は満面の笑みを理仁に向けて感謝の言葉を口にした。



「……ママ、このひとだれ?」


 ホテルに寄って荷物を取りに行き、その足で昨日の昼から預けていた託児所へ息子の悠真ゆうまを迎えに行った真彩。


 悠真は理仁を見るなり真彩の後ろに隠れるも興味津々の様子で観察していて、少し遠慮がちに誰なのかを問い掛けた。


「えっと、この人はママと悠真がこれからお世話になるお家の人で……」


 どう説明すればいいのかを考えながら、真彩は悠真になるべく分かりやすく説明してみるけれど、まだ幼い悠真には全てを理解出来るはずも無い。


「ゆうまとママ、このひとのおうちにいくの? このひと、ゆうまのパパ?」


 そして、何かを勘違いした悠真は理仁を『パパ』と言い出した。


「ち、違うよ、パパじゃないよ?」

「ちがうの……? おうちでいっしょのおとこのひとは、パパじゃないの?」

「あのね、悠真のパパは、お空にいるって教えたよね?」

「…………うん」

「だから、この人はパパじゃないよ?」

「……そっかぁ……」


 まだ四歳で父親がいないという状況をよく理解しきれていない悠真。


 最近では自分に『パパ』がいない事を悲しく思うようになり、テレビや周囲の家族を見て『お父さん』という存在にかなりの憧れを抱いているようで、男の人が一緒に住む=イコールお父さんという認識らしく、違うと聞いて落胆する。


「真彩、とりあえず車に行くぞ」

「あ、はい。悠真、行くよ」


 二人のやり取りを黙って見守っていた理仁がそう声をかけると、真彩は下を向いて落ち込む悠真の手を取って返事をして後に続いていく。


 五分程歩き繁華街から少し離れた細い裏道に差し掛かると、高級感漂う黒塗りのセダンが一台停まっていた。

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