駅ビルに埋め込まれている街頭ビジョンから、女の声が流れている。次に何と喋るか、オレには簡単に当てられる。
『助けてくれと言いながら通行人を殺め続けているようです。凶器は指からビーム……指からビーム? 誰? この原稿書いたの』
冗談だと思ったらしい女は立ち上がり、画面から外れてしまった。つい、くくくと笑ってしまう。
「お前達は、助けてほしいのか?」
気配がした方を向くと、鮫島天下が立っていた。冷酷に睨みつけてくる顔よりも、突きつけられた銃口が目立って見える。
(銃か)
人間は銃が好きだ。魔法が使えるのに、銃の方が便利だとさえ言うのだから変な奴らだ。銃など、弾が無くなれば役に立たない。素人では当てるのも難しい。霧の中でも敵に命中するかもしれないのが魔法で、命中しないのが銃だ。
「助けてほしい相手を殺してどうするんだ? 死んだら助けられないだろう。それとも――」
撃鉄ががちりと上がる音がする。警備員の何人かが目を向けてきたが、天下の視線がぶれることはない。発砲を恐れない眼だった。オレを殺してあの警備員達に取り押さえられたとしても、欠片も動じないだろう。
「死んだ人間が全員、お前達の国に転生するとでもいうのか?」
「…………」
オレが答えないでいると、天下は口元に笑みを浮かべた。
「全員が転生しているというのなら、命は奪っていないということで殺さないでやってもいい」
「殺す? お前達は簡単に殺しが出来ない縛りの中で生きているんじゃないのか?」
直後、額が衝撃と痛みに襲われた。後頭部を何かが通過していく感覚と共に視界が闇に包まれる。撃たれたと思った刹那、何も考えられなくなった。
「戸籍が無い異世界人に対する法律は無い」
闇の中で声が響く。
「普通では有り得ないことだが……俺が知っているだけで、二人が異世界に転生していると思われる。更に全裸の男達が殺傷能力のある光線を実際に出しているわけだ」
僅かに紙をめくる音がする。この状態でも聞こえるのだから、わざと音を立てたのかもしれない。
「全裸についてはここに転生して戻ってきた者の記録がある。異世界に転生した際に全裸だったと。つまり、転生する時に人は全裸になる。全裸の集団は別の世界から転生してきたと考えるのが筋だ」
全裸全裸うるせえなと思うと同時に思考能力が戻ってきているのを感じる。もう少しで目も開けられるだろうと思った時、殊の外大きく声が響いた。
「他に誰が信じなくとも、俺は異世界の存在を信じる」
視界が開ける。次の行動は決まっていた。
「だったら、死んでその異世界に行ってくれるか?」
オレは笑みを浮かべて言うと両手指に魔力を込め、一気に放った。
直後、激しい音と共に視界が真っ白になって目が眩む。光が分散した結果だろう。
(何だ……!?)
障害物に衝突しない限り、こうはならない。オレと天下の間にそんなものは無かった筈だ。
光が霧散していくと、透明の壁がオレの前に屹立しているのが確認できた。胴体を分断するつもりだった光の帯はこれに阻まれたらしい。色が無くとも、そこに何かが在るのは一目瞭然に分かった。壁は間もなく形を崩し、その姿を粒子へと変える。
「バリア―、か……?」
「バリア―って呼ばないで! ダサいから!」
天下の背後から女の声がする。見ると、短い髪の女がオレ達に両腕を突き出していた。先程までカメラの前で真面目くさって喋っていた女だ。この世界の人間は例外なく魔力を使えないと思っていたが。
「何者だ?」
「転生して転生した人間の第一号よ」
「……毛利アナウンサー」
振り向いた天下が呟く。
「あなたは、転生した時に得た能力をそのまま引き継いでいたんですね。何故、そのことを雑誌に書かなかったんです?」
責める響きは無い淡々とした問いに、毛利はどこか寂し気に微笑する。
「……さあ、どうしてだったかな」