「ここは……どこだ?」
機関銃を手に入れてから三十分程の間に、響の目に映る風景は一変していた。指からビームを出すすっぱだかな男と戦うというのも非現実極まりない体験だったが、非現実だと認識している暇もなかった。しかし、今はその暇が充分にある。
「駅前に居た筈だよな……」
彼を囲んでいるのは、焼け切って黒焦げになった森だった。幹と枝だけが残ったそこには焦げ臭さが残っていて、燃えてから余り時間が経っていないことが窺える。
「……まあ、何でもいいか。どうせ死ぬんだから」
どこに居ようが、同じことだ。
自分が生きる方法などない。自分を求めてくれる者も居ない。
どうやって死ぬかと考えながら、森を歩く。
「それとも、ここが地獄なのか? 裸なのは、服が燃えたからか。それにしては、火傷もしてないな……」
身体を見回してみるが、どこにも外傷は無い。
「どういうことだ? 結局、俺は死んでるのか生きてるのか?」
痕を見詰めたまま、黙考して頭を働かせる。
ここが地獄だとしたら、これ以上死ぬ事はできない。それは絶望的だ。
ここが地獄ではなければ、まだ死ぬ事が出来る。
「……仕方ない」
自分が生きているのか死んでいるのか、ここがどこなのか、それだけは確かめなければならないようだ。
「とにかく、森を出てみるか」
四方八方、目に映るのは焦げた木々だけだ。だが、それらの隙間から一部見えるものもある。山が一つ、城が二つ、太陽が一つ、更に、何も無さ気な場所がちらほらあった。
「…………」
暫し迷ってから、城の方へと足を向ける。黒と白の城のうち、白い方へ行くことにした。黒い方は、分かりやすく不吉そうな暗雲が垂れ込めていて近付きたくなかったからだ。死を望んでいるのにそれっぽい所を避けるというのは矛盾があると自分でも思うが、嫌なものは嫌なのだ。
「この世界は生き残りだけで回っている。元気で幸せな奴しかいないみたいに見えるけど」
近年、弐本で流行した歌を口ずさむ。響はこの歌が好きだった。人生を失敗した自分が強烈に共感できる歌詞だったからだ。このバンドが人生に成功したことが気にならないくらい、頭にガツンと来る歌だった。
「病は特別、死ぬのも特別、実は全然特別じゃない……ん?」
黒い城の方から、何かが飛んできている。双頭の――
犬の、頭か。
頭を二つ持つ一匹の黒い犬が、櫓を引いて空を走ってくる。犬は低い大音声で鳴くと、空中で止まった。
「ライネス! 生きてたのか!」
櫓の窓から顔を出したのは、眼帯をつけた、癖の強い金色の髪を短く刈った男だった。見覚えがある気がして目を眇める。だが、そんなことよりも今は優先することがあった。
「あんた……今、何て言った?」
「? 『生きてたのか?』だけど……生きてたんだな! 良かった」
にっこりと笑った眼帯男を前に、響は内心で喝采を上げた。これでまだ死ぬことが出来る。
「そうか! 本当に良かった」
満面の笑みで言うと、櫓から飛び降りてきた眼帯男は少し不思議そうな顔をした。
「お前が笑うなんて珍しいな。いつもぶすっとしてるのに。まあ、それだけ生き残ったのが嬉しかったってことか」
「あ? ああ……ところで、あんた、俺のことをライネスって言ったか?」
「ライネスだろ? 何だ、死にかけたショックで名前を忘れちまったのか?」
「…………」
眼帯男は気さくに距離を縮めてくる。その彼の顔と、記憶の中の顔が重なった。と同時に、先程感じた『見覚え』の正体がはっきりする。
「あんた……」
一歩、後退る。
笑顔と怒りの違いはあるが、目の前に居るのは、確かにあの駅前で指からビームを出していた男だった。
「どうした? そうだ、大ニュースがあるんだよ。魔王が変わったんだ! これでピュレ・ガイールを殺せるぞ!」
「? ? ?」
彼は何を言っているのか。
(魔王? どういうことだ?)
何も分からない。状況が全く掴めない。しかし、まず確認すべきなのはそこではない。
「新しく魔王になった奴は見逃してもいい。囚人出身だしまだ何もしてないからな。具現化能力を使いまくる前に動きを封じる必要はあるけど……」
「待て。一旦待ってくれ。訊きたいことがある」
「何だ? 何でも訊いてくれ」
「あんたは、弐本の四葉で人間を皆殺しにしたか?」
響の問いに、眼帯男は笑顔を引っ込めて厳しい目を向けてくる。
「……本気で言ってるのか? オレ達が人間を皆殺しにするわけがないだろう。殺したいのは、ピュレ・ガイールただ一人だ。第一、ニホンノヨツバって何処の事だ?」
「だが、俺は確かにあんたの顔を……眼帯はつけていなかったが……」
「……? 本当に、どうしたんだ? ライネス」
眼帯男の顔が心配気に変化する。
「オレ達は皆、同じ顔をしてるだろ? 個体差なんか無いし、眼帯をつけてなかったならそれはオレじゃないよ。頭でもぶつけたのか……それとも、夢でも見たんじゃないか?」
「同じ顔……?」
言っている意味が判らない。頭の中が靄々する。
だが、答えはすぐ近くまで迫っている――
そんな気がした。