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第4話 元魔王少女VS魔王

 すっかり忘れていた――ということでもないが、あえて触れなければ無かったことになるような気がしていた。だが、そんなわけもない。

「ふ、服を着ればいいんだろうが!」

 そうだ。今なら服を着られる。想像したものを具現化できる今の能力があれば――

 とりあえず、まずはパンツだ。下着のパンツも下着じゃないパンツも必要だ。無難に青チェックのトランクスを選び、魔王らしく黒のレザーパンツを出す。どちらも尻尾用の穴が空いている。それをいそいそと穿きながら、ファンタジー系の服装が良かったかと今更ながらに思った。だが、そもそもファンタジー系の服装がどんなものかよく分かっていない。ゲームをする時にもっと注意して見ていればよかった。そう思いつつ靴下を出す。

「ねえ、早くしなさいよ!」

 戯れに尻尾を振りながら残りの格好について考えていると、少女に急かされた。そんなことを言われても思いつかないのだから仕方ない。今のうちに攻撃すればいいものを、彼女は律儀に着替えを待っている。

「……待たせたな」

 やがて、渡は漆黒のマントにベスト、白のシャツに赤ネクタイ、黒のブーツを出して身に着けた。魔王はとにかく黒くしておけばいいのだ。若干ヴァンパイア味がある気もするが気にしてはいけない。

「なかなか良い見世物だったわ。あなた、記憶喪失らしいから自己紹介しておくわね。あたしの名はピュレ! ピュレ・ガイールよ! ゼロ歳の時からおしゃぶりを具現化することで才覚を示し、覚えてないけど当時の魔王を倒し、それから十四年ずっと魔王をやってきたの。ぽっと出のあなたにこの地位を奪われるわけにはいかないのよ!」

「『当時の魔王を倒し』……?」

 渡は眉を顰めた。ということは、少女はゼロ歳にして殺人を行ったということだろうか。

「魔王のプライドにかけても負けるわけにはいかないの! 勝負よ!」

「勝負……!」

 こうなることは分かっていたが、やはり抵抗がある。

「ちなみに、俺が負けたらこのイケメンとゴリラはどうなるんだ?」

「イケメンって言葉の意味は解らないけど、勿論、処刑よ!」

「処刑……」

 ならば、勝負しないわけにはいかない。

「……勝負方法は?」

「剣とバリアーを具現化して、その強度で勝負よ! 先にバリアーを破った方が勝ち!」

「成程……解りやすいな」

 解りやすいが、単純ではない。剣には重さや大きさにバラつきがある。それに強度も、具現化されたものでなくてもそれぞれ違う。

 どの剣を使うかによって、勝負は決まるだろう。

(どんな剣にするか……)

 今まで触れてきたゲームや漫画に出てきた武器を思い出しながら、渡は考えた。

 バリアーを壊すのなら、なるべく重い剣が良いだろう。身長より長く、ずっしりとした大振りの剣だ。

(……無理だな)

 攻撃力は高いだろうが、重くて扱えない。ふらふらしているうちに先手を取られてしまうだろう。

(だとしたら、普通の剣を作るしかねーか……)

 頭の中であれこれと剣の形を考えていると、フレディが小声で話しかけてきた。

「何を考えているんですか?」

「何って……有利な剣の種類や形についてだよ」

「やっぱり……」

 フレディは呆れたように息を吐いた。五里倉が説明してくれる。

「具現化力は、見た目に左右されねえんだよ。どれだけいかつく作った武器でも力がへなちょこならおもちゃみてえなもんだし、短剣でも具現化力が強ければ強鉱石だって壊せんだぜ」

「……ソシャゲのカードみたいなもんか」

 屈強な男性だったり武器だったり、いくら強そうなイラストでも価値が低ければバトルには勝てない。それと同じことだろうか。

「え? ソシャ……なんですか?」

「何でもない」

 早口でフレディに答えると、渡はそれなら、と剣の姿を妄想した。今度は時間を掛けずに具現化に成功する。黒の柄には銀の縁取りがなされ、鍔には青の宝玉が埋め込まれている。刀身も黒で、両刃は鈍色に光っていた。

 一方で、ピュレは赤い柄でパールピンクの刀身の小型ナイフを渡に向けてくる。視線が合うと同時、彼女は自身の前にバリアーを展開する。

「さあ! これを壊してみなさい!」

「……分かった」

 渡は剣先を下に向けたまま走り出す。剣の構え方も常識も知らないが、とにかく攻撃対象の前で振り上げればいいのだろう。

(このバリアーを壊さないと、ゴリラとフレディが死ぬ)

 全くの余談だが、名前を知った後も渡にとって五里倉はゴリラだった。

 薄水色のバリアーの前で剣を振り上げ、思い切り振り下ろす。本当に壊せるのかという不安と緊張を抱きながらも気合を込める。

 バリアーは――

 ピュレが目を見張る前で、薄い氷が割れるような音がして砕け散った。少女は驚愕で目を見開く。

「…………!!」

 彼女の頭上から薄水色の欠片がひらひらと落ち、足元で消える。本当に氷のようだった。

 全ての欠片が消えた後、いつの間にか地面を見ていたピュレが拳を握り締める。

「ふ、ふふん……やるじゃない」

 顔を上げた彼女の顔には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。

「俺の勝ちだな」

「ま、まだ分かんないわ!」

 顔を上げたピュレは素早くナイフを持ち直す。

「今度はあたしの番よ! 覚悟しなさい!」

 渡が何かを言う前に、彼女は刺突の姿勢を取った。身を低くし、腹を目掛けて突進してくる。

「ちょ、待っ……!」

 まだバリアーは張っていない。刺され――

「…………!!」

「きゃあっ!?」

 ピュレが高い声を上げると同時に、ナイフの刃はばらばらになっていた。パールピンクの破片が土の上に落ちていく。今度は、バリアーのように消えることはなかった。

「な……何で……」

 震える声で渡を見上げたピュレの目が、途端に大きく見開かれた。

「あ、あんた、身体の形に合わせてバリアーを作ったの!?」

「ん? ああ、そういうことか」

 彼女に言われて気付いた。ナイフが襲ってきた時、とにかく腹を守らなければいけないと思った。その思いが腹の前にバリアーを作り、それは全身を覆うタイプだった、というわけだろう。

「あんな短時間で……そんな……」

 ピュレはもう渡を見ていない。ぶるぶる震え、目を見開いたまま瞬きすらも忘れて「信じられない」を繰り返していた。

(まずいな、これは……)

 力の差を見せつけられて、ショックで周りが見えなくなっている。

(どこかで落ち着かせないとな……。けど、こんな人に囲まれてる場所じゃ……にしても、魔王の能力ってチート過ぎだろ。……ん?)

 客席に座っていた人もとい魔人の殺気が膨れ上がっている気がする。それも、もの凄く。

「な、なんだよこの殺気! 魔王は魔人達に支持されてんじゃなかったのか!?」

 魔人達は客席から降りてきて、手に武器を持ってダッシュしてくる。土煙を上げて向かってくる様は、まるで歩兵の群れのようだ。

「説明は後です! 早く逃げましょう!」

「逃げんぞ! 何もたもたしてんだ!」

「っ!!」

 我に返ったピュレが辛そうな顔で走り出す。意外にも足が遅い彼女の手を取り、渡はコロシアムの出口を目指した。魔人達の雄叫びが間近に迫ってくる中、ゴブリン(紫腰布)が声を掛けてきた。

「あ、あの、魔王様、これを……!」

 見覚えのありまくるスマートフォンを持っている。間違いなく自分のものだ。

「サンキュー!」

 渡はひったくるようにそれを取ると、はっ、と気がついてゴブリン(紫腰布)の手を取った。肌はしわしわとしている。

「ちょ、ちょっと!?」

 そのまま走り出した為、引っ張られたゴブリン(紫腰布)が抗議の声を上げる。

「出口まで案内しろ!」

「へ、へい!?」

 ゴブリン(紫腰布)は驚きはしたが断る気は無いようで、素直についてくるようになった。

「右です!」

「左です!」

「そこの階段下りて!」

 先頭を走るピュレは口を引き結んだまま、その通りに進んでいく。魔人達は変わらずに追ってきていた。ふと思い付いて渡は訊く。

「そういやゴブリン紫腰布、名前は?」

「へ!? それ、ここで訊きます!? アルスっす!」

「アルス……!?」

 どこかのゲームの勇者のデフォルト名がそんなんだった記憶がある。

(ま、まあ、ゴブリンにアルスってつけちゃいけないって法は無いしな)

 多分この世界にも無いだろう。テレビゲームも無いだろうし、だからあのソフトも無いだろうしこの名付けは偶然だろう。

 そんなことを考えているうちに外に出た。木々がひしめく森の中だ。振り返ると、まだ追い掛けて来ている魔人達が居る。皆、すごい形相だ。

 この時点で渡の息は切れ、もう限界寸前だった。

(インドア派の帰宅部にはきつい……!)

 もっと運動しておけば良かったとは露程も思わず、魔王になっても体力は増えないのかとがっくりする。まだ余裕そうなフレディが、足を止めないまま叫んだ。

「魔王様! 何か飛べる物を出してください!」

「飛べる物……!? そ、そうか!」

 空を逃げれば追手は飛行可能な者だけになり、随分と減るだろう。

「…………」

 それを聞いた途端、ピュレが背中から白い翼を出現させた。無言のまま飛び立っていく。

「お、おい! えーと……これだ!」

 渡は次々と思い浮かべたアイテムや乗り物の中から、両側にサイドカーが付いた厳つめのバイクを顕現させた。知球ちきゅうで乗ったことはなかったが、これが走り、しかも飛ぶということを渡は感じ取っていた。この具現化能力は自分の思い描いたものをそのまま現実化させるものだ。飛ぶと思って顕現させれば、バイクでさえも空を飛ぶ。

 と、思う。

 シートに跨ると、渡はフレディと五里倉を促した。

「乗れ!」

「! はい!」

「おうよ!」

「ど、どこに!?」

 部下になった二人がサイドカーに飛び乗り、アルスを後部座席に乗せた瞬間、渡はバイクに「飛べ!」と念じた。

「わああああああああああああああ!?」

「うっほおおおおおおおおおおおお!?」

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 時速二百キロを示すバイクの上で、魔人達は本能のままに声を上げた。

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