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第3話 コロシアムと全裸の魔王

「コロシアム……!?」

 丸い広場を、階段状の客席が囲っている。客は誰もが立ち上がり、興奮して腕を突き上げて叫んでいた。耳やら尻尾やら牙やら毛やらが生えていて、人外の見目をした者ばかりだ。魔物、と言うのだろうか。一応二足で立っているから魔人、か。

 広場の中央にはネコミミと尻尾をつけた――否、恐らく生やした――超絶イケメンと直立したゴリラがいた。ゴリラは服を着ていなかったがゴリラだから良いだろう。

 渡が入ったことに気が付いた彼等二人と観客が、一斉にこちらを見る。とんでもない数の視線に晒され、渡は内心で思い切り悲鳴を上げた。キャラを大事にするタイプなので実際に声は出さない。

「何だそいつは」

 ゴリラが喋った。コロシアムで戦おうとしていたのか戦っていたのか知らないがとにかく選手なのだろうから不思議はないが、異様に殺気立っている。

「緊急逮捕された収監者だ。対戦相手がいないからお前ら三人でやればいいんじゃねえかと思ってな」

 ゴブリン(青腰布)が言って渡の背中を手のひらで押す。たたらを踏みながら、彼はコロシアムに足を踏み入れた。観客のボルテージが上がっていく。

(おいおいおいおい対戦者って、まさかここで戦闘……俺、レベル1だぞ!?)

 誰に告げられたわけでもないが、決めた。今、決めた。俺はレベル1だ。多分合ってるだろうし。

「オレは三人でもいいですよ。ちょっと手間が増えるだけです」

 超絶イケメンが言い、くすっと笑った。すっぱだかだから笑われたのではなく、実力をナメられたのだと渡は分かった。

 今更に説明すると、ネコミミと尻尾をつけた超絶イケメンは、金髪のアイドルみたいな見た目をしている。印象としては優男で、今の口調は嫌味男だった。

「オラもいいぜ。どうせ生き残るのはオラだけだからな!」

 ゴリラが言う。ゴリラで一人称がオラだと国民的アニメの主人公を思い出す。実はこのゴリラ、人間形態があるんじゃなかろうか。

 まあ今はそんなことはどうでもいい。

 目下の問題はゴリラの発言にあった「どうせ生き残るのは」という部分だ。この言葉から、ここで行われているのはただの格闘大会ではなく殺し合いだと推測される。

(じょ、冗談じゃねえ。せっかく転生したってのに……!)

 いくら慌てようが、この流れはもう止まらない。

(どうする……!)

 渡は、真っ白の頭をフル回転させた。

 だが、何も思いつかなかった。

 だからと言って、ゴリラとネコミミ超絶イケメンは待ってはくれない。ゴリラは石の塊で作ったハンマーを振りかぶり、ネコミミ超絶イケメンはバスタードソードをこちらに向けてきた。

「バスタードソードは主人公の獲物じゃないのかよ……!」

「は?」

「何だって?」

 ネコミミ超絶イケメン主人公補正とゴリラは怪訝な顔をした。今がチャンスだ。何でもいいから時間を稼ぐのだ。

「俺は渡辺渡! お、お前達の名前を教えてくれ!」

「は?」

「ここでか?」

「お前達もいつまでもネコミミ超絶イケメンやらゴリラやらと呼ばれたくないだろ!」

「呼ばれてないですが……オレはフレディです」

「オラはゴリクラだ。漢字の五に里に倉でゴリクラ」

「……何かかっこいいな」

 とりあえず、二人の意識を戦闘から自分に移すことは出来たようだ。渡は咳払いをする。

「あーーーーーーー、実はな、俺は記憶喪失なんだ。なぜこんな格好で捕まってるのかも解らない」

 まさか自分が異世界転生のテンプレート、「記憶喪失」を使う日が来ようとは思わなかった。

 観客は沸くが、フレディと五里倉は無反応だった。

「それがどうかしましたか?」

「だから何だよ」

「へ?」

 記憶喪失攻撃が通じないだと……!!

 渡はまた頭をフル回転させる。二回目の正直で(そんな言葉は無い)、何か起死回生のアイデアが出るかもしれない。

 そうだ、まず状況をまとめよう。

 これまでに見聞きしたことから考えると、この二人は犯罪者でほぼ確定だろう。殺し合いをしようという所だから、処刑の代わりだ。

 今は、渡もついでに戦わせて生き残りを一人だけ決めようというところだろう。

「ここで生き残ったらどうなるんだ? 冥土の土産に教えてくれ」

「無罪放免ですよ」

「何!?」

「自由になれます。その為にはまず一番弱そうな貴方を……殺ります」

 フレディは猫のように身軽に跳躍し、バスタードソードを振りかぶった。

 避ける暇は無い。

(……当たる!)

 その瞬間、渡の脳裏には彼を護る心のバリアー(物理)が思い描かれていた。バリアーが、バスタードソードを弾き返す――

「なっ……!」

「嘘だろ!?」

 フレディと五里倉が驚愕する声が聞こえる。体が斬られた感触もない。

「……? うわっ……!」

 瞼を強く閉じていた渡は、開けた目を丸くした。彼の眼前には、先に想像した、そのままの姿のバリアーがあった。

「何で……」

「魔王だ……」

 ゴブリン(紫腰布)が呟いた。それが伝播するように観客席からも「魔王だ……」「魔王だ……!」という声がして、やがて皆が「魔王だ!」「魔王だ!」と叫び出した。

「は? まお……な、何言ってんだ……?」

「ご説明しましょう、魔王様」

 フレディが渡の前に跪く。態度が一八〇度変わっている。五里倉も片足をついて礼をした。

「魔王とは、世界に一人にしか冠されない『称号』です」

「『称号』……? 『立場』じゃなくてか?」

「似たようなものだ。魔王になるには条件がある。それは、『想像したものを具現化できる力』が強い者。魔王様、試しに何か想像してみてくれ」

「試しにって言われても……」

 フレディと五里倉にはもう戦意はないかもしれないが、この状況でひ弱な自分が二人に勝つには、これしかない。

「…………おお」

 渡はショットガンを具現化させた。テレビゲームでよくこの武器を使うが、それよりずしりと重く、弾も装填されている。

 命ある者を殺せるのだと、武器本体が教えてくれる。

 おおー、というどよめきが会場を満たす。

「このように、完全なる形で物質を作り出せる者は滅多に居ない」

 五里倉が言う。そして彼もショットガンを具現化してみせた。筒の部分がへにゃりとなる。フレディもやってみる。形になったのは一瞬で、それはすぐに砂のようになって消えた。

「…………」

 渡は驚きで立ち尽くしてしまった。

(まさか……本当に俺が魔王……?)

 彼の心にまず去来したのは、最悪の貧乏くじを引いたということだった。

(魔王なんて、退治されるだけじゃねーか!)

 鬼から魔王にパワーアップしなくていい。もう鬼のままでいい。殺されるくらいなら鬼の方がマシだ。

(いや、待てよ……)

 転生したら魔王になったというのも渡のよく知るある世界ではよくある話だ。これはハーレムパターンだろうか。支配者パターンだろうか、支配者となり最後は皆の思い出に残るパターンだろうか、それともドSの作者の謀略から勇者にタコ殴りにされるパターン……

(ドSの作者って何だ。これは作者がいない現実なんだ!)

 若干混乱している渡に、フレディは言った。

「魔王様を殺すなどと恐れ多いことはできません。俺の負けです」

「ああ、オラも負けを宣言するぜ!」

 五里倉も言う。そこで、渡は我に返った。ある事実に気付いて血の気が引いていく。

「と、いうことは……」

「はい、魔王様は無罪放免です」

「じゃ、なくて!」

 渡はそこで声を荒げた。焦っていて声が大きくなったとも言う。

「お前らは……どうなるんだ?」

 彼の問いに、フレディと五里倉は微笑んだ。

「この命を、諦めます」

「潔く死ぬぜ!」

「…………」

 渋面を作り、渡は二人を厳しい目で見据える。この二人は処刑される程に重い罪を犯したのだろうが、どこか憎めない。根が悪い男達には思えないのだ。

(このまま死なせたら寝覚めが悪い気がする……)

 躊躇したのは一瞬だった。渡はショットガンを、銃口を上にして突き上げた。

「俺が魔王だ! この二名は今日から俺の部下にする!」

「え」、「あぁ?」と、フレディと五里倉はぽかんとした顔を渡に向けた。

「魔王命令だ。部下になれ。ところで、この殺し合いは魔王が主催しているのか? それとも、古代からの法律か何かか?」

「……魔王の主催だ。いや、もう元魔王の主催と言うのが正しいか」

 五里倉が答えてくれた。

「そうか。じゃあ、今日よりこの処刑方法を廃止する! 懲役の年数で犯罪者の罪の重さを決めるように!」

 観客席が大きくざわめいた。だが、魔王が決めたこととなれば抗議もヤジも飛ばせない。

(そんなことをすりゃ殺されると思ってんだろうな)

 してやったりと思いながら、渡はゴブリン(もうどっちがどっちか判らない青腰布)を振り返った。

「んじゃ、魔王城に案内してもらおうか。当然あるんだろ?」

「わ、分かり……」

「ちょーっと待ったあああ!」

 突然制止の声が掛かり、ゴブリン(とにかく青腰布)と渡は話を中断した。観客席の上の方――屋根があり禍禍しい装飾が施された明らかな特別席――から少女が空中宙返りをしながら降りてきた。赤いビキニアーマーを着た、栗色ツインテールの中学生くらいの少女だ。まあ、ファンタジー世界なら標準の格好だ。

「魔王の座は渡さないわ!」

 少女は魔王らしい。……言い直そう。ついさっきまでは魔王だったのだろう。今は渡が魔王だから元魔王だ。彼女は指を渡に向けているが、それが若干斜め下なのが気にな――

「この変態!」

「!?」

「いくらかっこつけても裸じゃ台無しなのよ!」

 びしっと指を突き付けられた先には、何を隠そう――否、隠せていないムスコがぶらさがっていた。

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