放課後の帰り道。
「ねえ、この毛利アナのお話、どう思う?」
私立高校の一年生、
「お前、その雑誌どこで手に入れたんだよ。今、どの店でも売り切れなのに!」
「えへへー」
音花は嬉しくなって唇を週刊誌で隠すようにした。それでも目元が笑っているから得意になっていることはバレバレだ。
「お昼休みに友達が譲ってくれたのよ。もう読んだからって」
「友達って……」
渡は音花の友人の中で週刊誌を買えそうなのは誰か考えているらしい。音花から目を離してどこでもないどこかを見ている。
「……
「そう! よく分かったわね」
蔵本 沙織は、音花のクラスで一番の資産家の娘だ。非常に病弱で両親に大切にされていて、欲しい物やレアなものは何でも買ってもらえる。本人に鼻につくところがないので、やっかまれることも少ない大人しい少女だった。
「ワイドショーでしか見てないけど……毛利アナは夢でも見たんじゃないのか?」
「でも、毛利アナは死んでたのよ? 殺される瞬間の映像も何回もテレビで流したし、死去のニュースも冗談じゃなかったでしょ?」
「……じゃあ、アナの創作とか」
「アナって、バニーのアナさん? 毛利アナもバニーになったらしいからバニーのアナとも……」
「毛利アナだよ名前を省いただけだよ! あーもう! その雑誌見せろ!」
渡は会話のどさくさに紛れて音花の手から週刊誌を取った。いざ読み始めると彼は記事に夢中になってしまったようで、歩きながらだからとても危ない。
(まあ、信号が赤だったら止めればいいか)
そこまで気に留めず、渡が記事を読み終わった時に何と言うかを想像しながら音花は歩いた。
§§§§§§§§
――その頃。
(ちっ……、どいつもこいつも人生順風満帆って顔しやがって)
無精ひげを生やして煙草を咥えた響は、借金により手に入れた百万円を持っていた。金は茶封筒に入っているのを直持ちしていて、厳重さも緊張感の欠片もない。
友人の借金の保証人になったのが運の尽きだった。貯金は全て無くなり、アルバイト先からは給料の前借りを断られる。本来の所持金は数百円。
百万円の借金をしても返すあてはない。だが、別に構わなかった。
――もうすぐ俺は、死ぬんだから――
そんなことを考えていたら、ぴちゃっ、と水溜まりを踏む音がした。黒いスーツにサングラスの筋骨隆々の男が、細長い革のケースを手に提げている。
「衛か」
低い声で言われ、響は答えの代わりに茶封筒を出した。中身を念入りに確認した男は、革のケースをこちらに差し出す。受け取って蓋を開けると、中には機関銃が入っていた。
「弾は込めてある。予備もたっぷり用意してある。使い方は分かるな?」
「引き金を引けばいいんだろ?」
そう答えると、男は深い溜息を吐いた。
「……教えてやる。サービスだ」
§§§§§§§§
次の交差点は赤だった。渡はまだ週刊紙を読み耽っている。何回も読み直しているらしい。
(ふふ、結局夢中になっちゃうんだから)
音花はそれが面白かったが、ゆっくりと見守っている場合でもない。
「赤信号だよ! 渡!」
制服の袖を引っ張ると、やっと渡は顔を上げた。その直後、彼の鼻先を掠めるようにトラックが通過していく。
「…………」
「…………」
「……ふう、危うく異世界に行くところだったな」
「ふう、じゃないでしょ! そうよ、異世界に行ったらもう戻ってこられないんだから注意してよね!」
赤信号が点滅して青に変わる。二人と、偶然彼女達と一緒に信号待ちしていた人々が歩き出す。横断歩道を渡れば、もう駅だ。
「注意はお前がしてくれるんだろ? それに、異世界に行っても戻って来られるじゃないか。毛利アナは……」
「毛利アナは死体が無事だったから戻れたんでしょ! トラックに轢かれたら体なんてぐちゃぐちゃよ!」
「死体って……ぐちゃぐちゃって……もっとオブラートに包めよ……」
渡はげんなりした表情になったが、音花は気にしなかった。彼女は言葉をオブラートに包むのが苦手だ。思ったままに話した方が分かりやすいと考えているから尚更に。
「いいから、雑誌返してよ。それで、どう思った?」
「どうって、何が」
「毛利アナの手記についてよ。信じたの? 信じなかった……きゃあ!」
その時、耳を劈くような激しい銃撃音がして音花は悲鳴を上げた。体が硬直する。
「な、何……!?」
混乱に恐怖が加わるまでに時間は掛からなかった。銃声に負けない程の沢山の悲鳴や苦しそうな呻き声が多重奏になって聞こえる。
どこから――誰が銃を撃っているのか。
周囲を見回す音花の目に、機関銃を乱射する中年男の姿が見えた。煙草を咥え、髭を生やして死んだ魚の目をしている。
その光の無い目と視線が合った。
――瞬間。
銃口から大量の弾が発射された。