『死後に行く場所は異世界だった』
著
私は死んだ。
それは、この本を手に取った殆どの方が知っているだろう。報道で死亡を知ったのではなく、テレビで私が殺された瞬間を目撃した人もいるだろう。
突然の事だった。
番組が終わり、出演者が演台の前に並んだ時、『彼』は飛び出してきた。アシスタントディレクターの『彼』が身を屈めてぶつかってくると同時、私は腹部に鋭く、耐えがたい痛みを感じた。
頭の中が、「痛い」で埋め尽くされた。あんな傷み、二度と味わいたくはない。自慢だが、私は未だに手術をしたことがない。腹部やら背中やらをざっくり斬って縫ってあるのに、数時間で肉がくっつくわけないのだ。麻酔が切れた途端にあの傷みが襲ってくるだろう。そう思うと、私は生涯、手術をしたくない。手術を乗り越えた人を尊敬する。
――話が逸れたが、そういうわけで私は刺され、死んだ。
仮死とか重体ではない。本当に死亡したのだ。
気が狂うような痛みの中、意識が薄れ、消滅する瞬間を味わった。
そして、次に目覚めた時――私は異世界に転生していた。
転生と言っても、生まれ変わりではない。赤ん坊として産まれたわけでも、全く別の容姿の年頃の冒険者になったわけでもない。いや。冒険者にはなったが、姿は毛利綾瀬のままだった。腹部の傷は跡形も無かった。
思うに、これは転生というよりは魂のワープに近いのではないだろうか。死体から抜け出した魂は、異世界にワープして実体を持つ。
異世界で誰かが言っていたのではなく、これは私の仮説だ。だが、私はこの仮説に自信を持っていた。何故かと言えば――
私は、すっぱだかで転生を果たしたのだ。
転生した先は、街中だった。
街は、バニーガールとバニーボーイでいっぱいだった。
兎の耳を生やした女性は、黒いレオタードと網タイツを。
兎の耳を生やした男性は黒いウエイター風のスーツを基本に、その上で様々なお洒落をしているようだった。皆、目の周りにアイマスクのようなものをつけている。
すっぱだかの女が突然現れ、道行くバニー達はぎょっとした目で私を見た。私は羞恥で悲鳴を上げる。周りがバニーだらけでも恥ずかしいものは恥ずかしい。そこでマントをかけてくれたのが、アナという女性バニーだった。
「なに? あなた、今どこから現れたの?」
アナは、私に奇異の目ではなく好気の目を向けてそう言った。やじ馬的な好気ではなく、彼女の瞳に宿っていたのは純粋な興味だった。後で聞いたところによると、私がテレポートしてきたのだと思ったのだそうだ。
この世界に『テレポート』『瞬間移動』の類の能力または技術を持つ者はいない。だからこそ、殆どの通行人が私を奇異の目で見た。裸であることも含めて、ダブルの意味で。
しかし、アナは違った。彼女はその方法を知りたがったのだ。
「へー、
「多分、この世界にはない国だと思うよ」
アナの家に招かれた時点で、私はそこが異世界であると確信していた。彼女の耳や、丸いボンボンみたいな尻尾が紛れもない本物だったからだ。書くまでもないことだが、弐本に兎の耳と尻尾を持つ人間はいない。
ついでに言うと、私にもいつの間にか耳と尻尾がついていた。私はバニーに転生したのだ。この時は借りたバスローブを着ていて、布を纏っているというだけで随分と安心した。
とりあえず、弐本で死に、気が付くとこの世界にいたのだとアナに説明する。アナは疑うどころか、私の話を聞いて興奮した。
「えっ、それって転生じゃん! 超すごくない!? すごいすごい!」
彼女は一通り騒いでから、私に色々なことを教えてくれた。この国の名前がプログラスだということ。バニーとしての生き方。寝る時も起きる時も常にレオタードに網タイツを穿くこと。
私は絶望した。
一日中、いや死ぬまでバニーガールでいないといけないなど地獄ではないか。それとも、周りが全部バニーなら恥ずかしくな……やはり恥ずかしいだろう。
そんなことを私が思っていたら、レオタードが嫌で国を出たバニーもいるということだった。
「私のお姉ちゃんもそうなの。それで、これから探しに行こう。冒険に行こうって思ってたらあなたに会ったの。バニーガールが嫌なら、一緒に冒険に行く?」
一も二もなく私は頷いた。バニーガールは嫌だった。だって、私は貧乳だ。耳と尻尾は生えても胸は大きくならなかった。
私達はプログラスを出発した。次の国――マーチンまではバニー服しかないからそれで我慢することになる。
バニーガールの衣装をばっちり着用し、私とアナは旅に出た。そして、一日も経たないうちに、私は狼に襲われて死亡した。アナは無事だったと思う。狼に体を食べられながらも、彼女が逃げる姿は確認できた。
二度目の死を体験した私は、意識を取り戻した時、寒さで凍死するのではないかと思った。私の体は、葬儀屋でドライアイスに囲まれていた。
慌てて起き上がった後のことは皆さんも周知のことだと思う。
――私は、弐本に戻ってきた。