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016 アルの追走

 アルは、いつもなら決して声をかけない村人たち一人ひとりに、ミーシャの行方を問いかけて回った。手当たり次第に話しかける彼の瞳には、焦りと痛みがにじんでいる。しかし、返ってくる返事はどれも冷たく曖昧なものばかりだった。

 村人たちは、アルとミーシャがエルフであるというだけで距離を置き、心を閉ざしていた。村人たちの冷ややかな視線に、アルはわずかに肩をすぼめるが、それでも構わず問い続けた。


「……妹のミーシャを知りませんか?」

「悪いが今、忙しいから」


 突き放すような返事に、アルの唇が悔しげに引き結ばれる。ふと、彼の胸に後悔がよぎった。もし村人たちともっと交流を持ち、エルフへの偏見を少しでも和らげていたなら、いま彼の言葉に耳を傾けてもらえたかもしれない。だが、今さら何を悔やもうと、過去を変えることはできなかった。


「ミーシャ……」


 アルは小さく呟いた。まるでその名が彼の心から滲み出て、冷たい空気の中に吸い込まれていくかのようだった。その時だ。


「……エルフの男。妹を救いたいのか?」


 突然、しゃがれた声が耳元で響いた。振り返ると、そこには背の低い小汚い男が立っていた。ぼさぼさの白髪には小さな虫が這い回り、彼のくぼんだ目は不気味なほど光っている。アルは一瞬たじろいだが、この男にすがらなければならないと腹をくくった。


「救いたい」


 アルの真剣な瞳を見て、男は口の端をゆがめ、くしゃっと笑った。低く、わざと聞き取れないような声でつぶやく。


「じゃあ、俺についてきな」


 男の後ろ姿を見送りつつ、アルは一瞬ためらったが、すぐに歩き出した。ミーシャがマーヴィンに連れ去られたという重い不安が彼の背にのしかかり、他に選択肢はなかった。男は村の外れにある森の中へと進み、アルも彼の後に黙って従った。

 闇が濃くなる森の中で、男はようやく口を開いた。


「エルフってのは高貴で、誇り高いって聞くが、お前もそんな風に見えなくはないな」

「そんなこと、どうでもいい」


 アルの答えは短く鋭い。彼にとって今、重要なのはただ一つ。


「ただ、ミーシャが無事ならそれでいい」

「ほぉ?」


 男は興味を示すようにニヤリと笑った。


「ならば、忠告しといてやる。エルフだろうが人間だろうが、覚悟がない奴は誰も救えないぜ」


 アルはその言葉にかすかに眉を寄せた。だが、心の奥で噛みしめるようにその言葉を飲み込み、再び足を踏み出した。暗い森の中、彼の胸にはただひたすらに妹への思いが燃えていた。

 やがて、森の奥には小さな遺跡が姿を現した。石造りの構造物は荒れ果て、苔むし、時の流れに侵されている。その奥には、存在そのものが謎めいた石碑が立っていた。


「これは……」


 アルは古い記憶を辿りながら、ぼんやりと呟いた。男は石碑を軽く叩きながら、からかうように言う。


「古代エルフの遺物だとも言われてるし、そうでないとも言われてる。どっちでもいいだろ?」


 アルはためらうことなく魔法の光を灯そうとしたが、その瞬間、彼の魔力は霧散していった。まるで何かに吸い取られるかのように力が消え去り、闇だけが立ちこめる。


「この遺物の前では、どんな魔法も無力だ」


 アルはその魔力の霧散していく様に覚えがあった。そう、マーヴィンを追いかけていた、まさにあの時だ。

 マーヴィンは何かこの遺跡と関わりがあるのかもしれない。

 そう思うと、アルの心は何かに急き立てられるようだった。


「焦るな。焦ればのまれるぞ」

「かまわない、ミーシャのためなら」


 そうアルが口にした時、遺跡はぐにゃりとその姿をゆがめた。

 アルが「あっ」と言葉を口にするまでもない。アルの体は、その空間にのまれていった。


「あーあ、だから言ったのに」


 そうつぶやく男の姿は、先ほどの小汚い姿ではない。

 黒いローブに身を包んだ華奢な少年の姿がそこにはあった。


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