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015 部外者の私


「何ですか?」


 ミーシャは苛立ちと不安を込めてケンネスを睨んだが、彼は楽しそうに笑みを浮かべているばかりだった。


「王子は本当にお優しいなぁ。ミーシャちゃんの責任は全部自分が背負うってさ」


 ケンネスはふっとミーシャの鎖骨に手を伸ばし、ゆっくりと指先でなぞる。その冷たい指先にゾクっと嫌悪感が走り、ミーシャの体は小さく震えた。


「や、やめてください!」


 彼女は声を震わせながら訴えたが、ケンネスは意にも介さず、にやりと笑みを深める。


「少しはさ、僕たちの国に報いてくれないかな」


 彼の手がゆっくりとミーシャの腰骨のあたりをさするように移動する。ミーシャはそのケンネスの不躾な態度が、彼がミーシャに全く敬意を持って扱っていないことの表れであると感じた。


「ふざけないで! こんなことやめてください!」


 ミーシャは必死に叫ぶが、ケンネスはあくまで落ち着いた調子で、冷たく挑発的に答えた。


「おっと、違うよ。ただ君にも俺たちの国のことをちゃんと知ってもらいたいだけさ」


 彼の言葉は皮肉と挑発に満ちていたが、その瞳にはどこか計算された冷酷さが宿っていた。


「知ってほしいって、どういうことですか……」


 そんな言い合いをするミーシャとケンネスの間に、マーヴィンはサッと入ってきた。


「いいんだ。ミーシャは知らなくても」


 ミーシャをかばうようにマーヴィンはケンネスの前に立ちふさがる。ケンネスはヒューッと軽薄に口笛を鳴らした。

 ミーシャはそんなケンネスに苛立ちながらも、同時にマーヴィンに対してもモヤモヤが止められなかった。


「……それはそれで腹が立ちます」

「え?」


 マーヴィンは虚をつかれたように、固まる。ケンネスはますます面白そうに笑みを深めていく。


「どうして私が知らなくていいんですか。私だって……」


 誰かの役に立ちたい。

 その言葉をミーシャはぐっと呑み込んだ。なんだか自分なんかが口にしていい言葉ではないような気がしたのだ。


「俺たちの役に立ちたい?」


 ケンネスはそう言うと、ミーシャのやわらかい金髪に手を伸ばす。


「いいじゃん。殊勝な心掛け」


 ケンネスはミーシャの髪の毛を掬い取ると、そっと口づけを落とす。

 そのあまりに無作法な仕草に、ミーシャはケンネスの手を払おうとする。しかし、払うより前に、ケンネスの手はミーシャから離れていく。


「ケンネス!」


 マーヴィンが低い声でケンネスを怒鳴りつける。しかしケンネスは意に介さないように、手をひらひらと振っている。


「はいはい、すみませんでした」


 マーヴィンはハァッとため息をつくと、ミーシャの髪を手に取る。そして、やわらかく口づけを落とす。

 その姿はあまりに自然で、ミーシャはぼうっと見とれてしまう。


「ミーシャ、悪かった。でも、国家転覆の話を聞いてしまったら、ミーシャまで罪に問われてしまう」


 ミーシャは思わずごくりと息をのむ。ミーシャにはまだ、その罪を背負う勇気も度胸もなかった。

 それを見抜いたのか、マーヴィンは優しくミーシャの頭を撫でる。


「……ミーシャ、心配するな。君が巻き込まれないようにするのが、俺の役目だ」


 彼の手から伝わる温かさに、ミーシャは少しだけ肩の力を抜くことができた。自分を守ろうとしてくれる人がここにいる、それだけで不思議と安心感が湧いてくる。

 一方、ケンネスはそれを見て口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。


「いいなぁ、ミーシャちゃんは王子様に守ってもらえて」

「もう、いい加減にしてください!」

とミーシャがきっぱり言い返す。


 その一言にケンネスは少し驚いたように目を細めるが、すぐに何事もなかったかのようにまた軽く笑ってみせる。


「わかった、わかったよ」


と彼は手を挙げる。


「でも、覚えておいてほしいんだ。俺たちの国にも君の知らないことがたくさんあるってね」


 ミーシャはそれ以上彼を追及することなく、そっと視線を逸らす。ケンネスの言葉が意味することはまだ理解できていなかったが、少なくとも今は、マーヴィンの穏やかな手のひらが、彼女にとっての唯一の安らぎだった。


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