「アル兄さん……」
ミーシャはそうつぶやきながら、森の道を歩んでいた。その手は逃げられないように、ケンネスによってしっかりと握られていた。ケンネスの大きくガサついた手に包まれたミーシャの手は小さく震えていた。
「他の男の名前を出すなよ」
ケンネスが軽く皮肉めいた声で茶化す。ミーシャはうんざりとした顔で、ケンネスを見上げた。
「そう思うなら、おうちに帰してください……」
「それで帰せるんだったら端からミーシャちゃんのことを連れて行かねぇよ」
「うぅ……」
ミーシャは涙をこらえて、下唇を震わせる。ケンネスはそんなミーシャを興味深げに眺めている。
「そもそも、アル兄さんはミーシャのこと探してるんですか?」
突然、リオネルが二人に横から口をはさんだ。
ミーシャはリオネルの意外な一声に思わず、「え?」と声を漏らす。
「だって、追いかけてくる気配もないですよ。普通もうちょっと」
「リオネル」
リオネルの言葉をマーヴィンが遮る。その声は静かだが、確かな鋭さがあった。マーヴィンは青ざめてしまったミーシャの肩に手を置き、そっとささやく。
「気にするな、ミーシャ。アルはきっと探してる」
マーヴィンの声は穏やかで、ミーシャの心のこわばりを解いてくれるようだった。しかし、それでもミーシャの不安は消えず、うなずくことしかできない。
ケンネスはその様子を鼻で笑う。
「ちょっと、ミーシャちゃんのこと甘やかしすぎじゃないですか?」
マーヴィンは突っかかってくるケンネスに眉を顰める。
「何が言いたい?」
「つまり、もう少しミーシャちゃんに現実を教えてあげた方がいいんじゃないですか?」
「そんな必要はない」
「だって、彼女も共犯者になるんですよ?」
「ならない」
ミーシャは穏やかではないその話に、思わず顔をあげる。そして、か細い声で問いかけた。
「共犯者って何の話ですか?」
「なんでもないんだ」
「なんでもないわけありません!」
ミーシャはごまかそうとするマーヴィンをピシャリと一括する。すると、マーヴィンはしゅんと黙り込んでしまった。
「俺たちはエルビアータ王国を破滅させ、アゼリア王国を復活させること。それが目的だ。つまり……国家転覆を企んでるってことなんだよ」
「国家転覆……」
ミーシャは茫然と、言葉を繰り返す。運命を変えるためとは聞いていたが、まさか。驚くミーシャにケンネスはニヤリと笑って言葉を続けた。
「ミーシャちゃん。君もそれに一枚かむってわけ」
「……国家転覆に!?」
ミーシャはさっと青ざめる。そして薬指にはめられた指輪をとっさに外そうとするが、どういうことか、引っ張っても外れない。
「う、運命を変えるとかは聞いてましたけど、国家転覆なんて、私知りません! ま、マーヴィン」
ミーシャはマーヴィンを責めるように睨みつける。マーヴィンはバツが悪そうに目を逸らした。
「ならない。俺がミーシャを誘拐したんだ。ミーシャが責められることはない」
そう言って、マーヴィンは黙って歩を進める。ミーシャもその後を追おうとするが、ケンネスがその手をひいた。
「何ですか?」
ミーシャは苛立ったようにケンネスを睨みつけるが、ケンネスはただ楽しそうに笑うばかりだった。