「落ち着け、リオネル」
「いいえ、落ち着いていられません。マーヴィン様、これは一体どういうことですか?」
必死になだめようとするマーヴィンの声にもかかわらず、リオネルは水色の髪を振り乱し、怒りに燃えた瞳で、マーヴィンに詰め寄った。
「その少女はなんなんですか? それに、このひどい傷……」
リオネルが険しい声で尋ねると、マーヴィンの背後から、赤毛のロングヘアを揺らしながら、ケンネスがふざけた調子で現れた。
ケンネスは指でマーヴィンの脇腹の傷を軽くつつく。
「うっ、や、やめろ、ケンネス!」
「王子が悪いんですよ。ずっと待ってたのに、全然来ないんですから~」
ケンネスはケタケタと笑い、手を止めない。マーヴィンは思わずケンネスを睨みつける。
「やめてくださいよ、ほんの戯れじゃないですか」
ケンネスは震えるふりをし、おどけて見せながら、マーヴィンの傷口を手早く治療していく。
マーヴィンはぼんやりと治療を受けながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「ありがとう。お前たちにはいつも助けられてるよ」
「いいんですよ、王子……」
ケンネスの言葉を受け、マーヴィンは小さく頷く。
「よくありません!」
なにやらいい話風の雰囲気を放つ二人を遮って、リオネルは声を荒げた。そして、再びミーシャを指さす。
「ケンネスが騙されても、私はそうはいきませんよ。あの少女は、一体何なのですか!」
リオネルの鋭い指摘に、ミーシャは恐怖に駆られ、無意識にマーヴィンの背後へと身を隠す。その瞬間、マーヴィンは反射的に彼女の肩に手を添え、「大丈夫だ」と優しくささやいた。
その声は不思議なほど穏やかで、ミーシャの心に少しの安堵をもたらす。
「彼女はミーシャ……俺が、誘拐してきたんだ」
「ゆ、誘拐!?」
マーヴィンの言葉に、リオネルは驚愕して目を見開く。
「誘拐って、彼女はエルフじゃないですか! 一体どこから」
「話はあとだ。……ミーシャ。俺たちと一緒に来てくれないか?」
マーヴィンは膝をつき、ミーシャの手を取る。それはあの、誓いのキスの再現のようで——。ミーシャは思わず顔を赤くする。
「でも、私、魔法が使えないし」
「いいや、君はその指輪を使って見せたじゃないか。俺たちには、その力が必要なんだ」
ミーシャはマーヴィンの視線に射抜かれ、口ごもる。
「……あれは……」
「頼む……」
マーヴィンの視線は熱い。けれど、指輪をどう使ったかもわからないミーシャは返答に窮していた。
リオネルはその様子を困ったように眉をひそめ、眺めている。とてもじゃないが、見ず知らずのエルフを連れていく気にはなれないのだろう。
「でも、私、どうやって指輪を使ったのかわからなくて」
「俺たちは一度も使えなかった」
ミーシャはそれでもうなずこうとは思えない。
だってアルが、ミーシャのことを心配しているだろうから。
「アル兄さんが、待ってるはずだから」
そうつぶやいたミーシャの体がふわりと宙に浮かぶ。
ケンネスがミーシャを抱きかかえたのだ。
「きゃっ!」
ミーシャは思わず声をあげる。しかしケンネスはミーシャを下ろさない。
「どうせ誘拐してきたんでしょう。このまま連れていきましょうよ」
そう言うと、ケンネスはズンズンと道を進み始める。
「あ、おいケンネス!」
マーヴィンの叫びもケンネスには届かない。
ケンネスは固まるミーシャの顔を覗き込み、にやりと笑う。
「なんだ、意外とかわいいじゃん」
ミーシャは体を強張らせたまま、運ばれていくのだった。