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012 首の落ちるとき


「どうしたの? ぼーっとしてる場合じゃないよ。命は大切なんだから」


 笑顔を浮かべながら熊の前へと踏み出すミーシャ。その後ろ姿を、マーヴィンは慌てて追いかけた。

 ミーシャは、目の前に倒れた巨大な熊に怯むこともなく、その無惨な死体を静かに見つめていた。そんな彼女の冷静さに、マーヴィンは少し驚いていた。

 その時、マーヴィンの目に飛び込んできたのは、ミーシャの手に握られた白銀の弓だった。


「それは……?」


 思わず問いかけるマーヴィン。しかし、マーヴィンの言葉が響いた瞬間、まるでその役割を終えたかのように、白銀の弓はその形を失い、再び指輪へと姿を戻していく。

 まばゆい光とともに弓が消え去り、ミーシャの左手の薬指には、静かに輝く指輪だけが残っていた。


「あ……」


 ミーシャは少し戸惑いながらも、その指輪を見つめた。

 マーヴィンはもっとよく指輪を見るために、とっさにミーシャの左腕を掴む。


「痛っ」

「ああ、すまない……」


 マーヴィンは慌ててミーシャの腕から手を離す。

 か弱い少女に対する力加減をマーヴィンはまだ理解しかねていた。


「この指輪……なんなの?」

「俺の国の秘宝……だったものだ」


 マーヴィンは短剣で熊の首に刃を当てながら話し始めた。

 しかし思ったよりも熊の皮は硬い。皮を破るために何度もギコギコと刃を動かす。


「昔、この国……エルビアータ王国は、かつてアゼリア王国だったんだ。まだ魔法が国を支配していた時代……」


 ミーシャは静かにその言葉を聞き、目の前で繰り広げられる光景に集中していた。マーヴィンの短剣は皮を断ち切り、ようやく肉に達した。


「アゼリア王国は、エルフと人間が共に暮らす美しい国だった。魔法を使う者もいれば、使えない者もいたが、皆が調和の中で生きていたそうだ」


 ミーシャは、マーヴィンの話に耳を傾けつつ、そっと指輪を見つめた。それはまだ静かに光を放ち続け、まるでその歴史を語る鍵のようだ。


「その指輪はその時代のものなんだ。なんでも、運命を変える力を持っているらしい」

「運命を変える力」


 ミーシャはその言葉を聞いて、指輪から何かとてつもない力を感じるような気がしてきた。


「そんなすごいものだったんだ。ごめん、すぐに返す」

「いいんだ。そのまま持っててくれ」


 マーヴィンの短剣がゴリゴリと音を立てる。どうやら、熊の首の骨に当たっているらしい。マーヴィンは叩きつけるように、何度も短剣を熊の首の骨に突き立てる。


「でも……」


 ミーシャはもごもごと口ごもる。


「俺は運命を変えたいんだ」


 その言葉と同時に、熊の首がごろりと地面に転がり、重々しい音を立てた。静寂が広がり、森の空気は一瞬、重く冷たく感じられた。

 マーヴィンの決意が、辺りの空気に染み渡っていくようだ。


「運命を?」

「このままでは、アゼリア王国は滅ぶ——他でもない、エルビアータ王国の手によって」


 マーヴィンは低くうめくように言葉を紡いだ。目の前の熊の屍が、まるでその滅びの運命を象徴しているかのように見えた。

 ミーシャはマーヴィンの言葉の重さを感じ取り、思わず指輪に視線を落とす。その指輪が、運命を変える鍵となることを——先ほどの白銀の弓矢に姿を変えたことを思い出すと——疑う気にはなれなかった。


「マーヴィン様?」


 その時、ガサリと音がして、森の中から数人の青年たちがわらわらと集まり始めた。ミーシャはとっさにマーヴィンの後ろに隠れる。


「大丈夫。彼らは、俺の仲間だ」


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