「誰か……マーヴィンを助けて」
その願いに呼応するかのように、ミーシャの手の中に握られていた指輪が青く、まばゆい光を放ち始めた。
「何これ……」
驚きと共に、ミーシャは手の中にあるそれを見つめた。指輪は熱も感じさせずに柔らかく変形し、瞬く間に白銀の弓と矢へと姿を変えた。
ミーシャは困惑の表情を浮かべながらも、視線を前方に向ける。そこには、熊に向かって突進しようとしているマーヴィンの姿があった。
しかし、熊はひるむこともなく、巨体でマーヴィンを弾き飛ばす。地面に倒れ込んだマーヴィンは、脇腹から血をにじませ、苦痛に顔を歪めながらも動けずにいた。
熊の赤く光る目が再びマーヴィンに向けられる。熊は鋭い爪を振り上げ、今まさにマーヴィンに襲い掛からんとしていた。
—誰かじゃない……私が、やらなくちゃ……!—
ミーシャは自分の心を奮い立たせる。そして、震える手で弓を握りしめ、唇をかみしめながら、彼女は目を閉じることなく、鋭い視線を熊に向けた。
息を整え、キリキリと弓を引き絞る。
『落ち着いて、まっすぐ視線を合わせて……』
頭の中に響くのは、いつかのアルの言葉だった。
アルはいつも、魔法の使えないミーシャを心配して、生きるすべを学ばせようとした。弓矢もその一つだ。
「当たれーーーー!」
ミーシャは必死に叫び声をあげ、熊の注意を引こうとする。熊はその声に驚き、赤く光る目をミーシャに向け、一瞬その巨体をこちらに向けた。
その瞬間、ミーシャの指先が緊張から解放され、矢は勢いよく放たれた。鋭い音を立てながら空気を切り裂き、一直線に熊の巨体を目指す。
——矢は熊の眉間を正確に捉えた。硬い皮膚を貫き、矢は深々と突き刺さる。熊は断末魔の叫びをあげることもなく、巨大な体はゆっくりと崩れ落ちていく。
土煙が舞い上がり、熊の巨体が地面に横たわる。静寂が森に戻り、熊の重々しい最後の音が消えると、ミーシャもマーヴィンも肩で息をしながらその場に立ち尽くした。
震える足を引きずるように、ミーシャはマーヴィンのもとへと歩み寄る。心臓はまだ激しく鼓動しているが、マーヴィンの安否を確かめることが最優先だ。
「大丈夫……?」
ミーシャの声はかすかに震えていたが、取り乱してはいない。
マーヴィンはその声に応じるようにゆっくりと顔を上げた。彼の瞳には驚きと感謝が入り混じり、まるで信じられないものを見るかのようにミーシャを見つめる。
「あ、ああ……」
マーヴィンは息を整えながら答えたが、その目はまだミーシャから離れない。
「よかった」
そう言うとミーシャはふわりとした笑みを浮かべる。
その微笑みを見たマーヴィンは、一瞬言葉を失った。目の前にいる彼女が、先ほどまで命を懸けて自分を守っていたことが信じられないほど、今の彼女は穏やかで美しい。
「ミーシャ……」
マーヴィンは彼女の名前を呼びながら、どこか感極まったように口を開くが、うまく言葉が出てこない。
「さあ、マーヴィン、この熊解体しましょう」
「…あ、あぁ……え!? 解体?」
マーヴィンは思わず声を上げた。今しがたまで柔らかな笑みを浮かべていたミーシャが、突然「解体」という言葉を口にするなんて、まるで別人のようだった。
マーヴィンの頭の中で、穏やかで清らかな彼女の姿と、巨大な熊の解体というイメージが噛み合わず、困惑を隠せない。
「どうしたの? ぼーっとしてる場合じゃないよ。命は大切なんだから」
そう言うと、ミーシャは笑みを浮かべたまま、熊の方に向かって歩き出した。