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009 寂し気な君へ

「魔法が使えない……?」


 マーヴィンは戸惑いの表情を浮かべ、目をしばたたく。まるで、今の状況が信じられないかのようだった。その視線を受けたミーシャは、なんとも言えない居心地の悪さを感じ、自然と目をそらしてしまう。


「私、ハーフエルフだから。魔力が不安定で……」


 そう小さく呟きながら、ミーシャは魔法を試みようと手に力を込めた。白くなるほど握りしめた手のひらに集中し、火を出そうとする。しかし、彼女の手から放たれたのは、わずかに立ち上る煙と「ボフン」という情けない音だけだった。


「げふっ……げふっ……!」


 思わず煙を吸い込み、ミーシャは苦しそうに咳き込む。目に滲む涙を拭いながらようやく顔を上げると、彼女の背中にそっと触れる手があった。マーヴィンが、優しく彼女の背中を撫でている。


「あ、ありがとうございます……」


 誘拐犯に礼を言うなんて、なんとも妙な状況だ。しかし、マーヴィンの思いやりに、ミーシャはつい感謝の言葉を口にしてしまう。だが、彼の視線は依然として遠くを見つめたままだった。まるで、自分の内側に何かを探しているかのように。


「そうか……使えないのか」


 マーヴィンはそう呟き、深い溜息と共にストンと腰を下ろした。その瞳には、どこか影が差していて、深い哀しみが浮かんでいた。ミーシャはその姿に、無意識に彼の隣に腰を下ろす。彼の孤独を、少しでも埋めてあげたいという気持ちがこみ上げてきた。


「俺は、アゼリア王国から来たんだ……」


 ぽつぽつと、マーヴィンは自分の過去を語り始める。

彼の言葉には、諦めと静かな悲しみが交じり、まるで長い間閉じ込められていた感情が一滴ずつ零れ落ちるかのようだった。

マーヴィンはアゼリア王国の第三王子。幼い頃に母を亡くし、厳しい父のもとで育てられた。王国の未来を担うことを期待されていたものの、王位継承争いにはほとんど関与していなかった。


「俺には責任だけがあったんだ……でも、すべてが悪いわけじゃなかったよ」


 そう言うと、マーヴィンはふと微笑んだ。けれど、その笑みには深い寂しさが滲んでいる。


「国民が、皆が俺を守ってくれた。父も母もいなくても、俺は……それでも幸せだった」


 マーヴィンの瞳は遠くを見つめていたが、その視線の先には、失われた記憶と過去の温かさが重なっているようだった。

彼の孤独が痛いほど伝わり、ミーシャはそっと彼の手に自分の手を重ねた。彼の苦しみを、少しでも和らげたい、そんな気持ちが胸の中に広がっていた。

 その瞬間、マーヴィンは驚いたように目を見開く。


「どうしたんですか?」


 ミーシャが問いかけると、マーヴィンは小さく首を振りながら呟く。


「俺は誘拐犯なのに……どうしてそんなに優しくするんだ?」

「……だって」


 ミーシャは、優しく彼の手を握り返した。


「あなたが、とても小さく見えるから……」


 マーヴィンはその言葉に一瞬目を見開き、次の瞬間、ハハッと静かに笑った。その笑みは、どこか安堵したようで、微かに照れたようにも見える。


「俺は、小さくなんかないさ」


 そう言うと、マーヴィンはミーシャの腕を掴み、軽々と彼女を抱き上げた。ミーシャは驚いて声を上げる。


「ひゃっ!」


 ミーシャはふわりと宙に浮かび、気づけばマーヴィンの腕の中、お姫様抱っこの姿勢になっていた。彼の腕は力強くも優しく、温かさがじんわりと伝わってくる。


「ミーシャは軽いな……」


 マーヴィンの囁くような声が耳元に届き、ミーシャの心臓はますます速く鼓動を刻んでいた。彼の顔がこんなに近くにあることに気づき、ミーシャの頬は熱く染まる。けれど、不思議と不安は感じない。ただ、その瞬間だけは彼の腕の中が心地よく、離れたくないと思ってしまった。


 しかしそんな甘い時間は長く続かない。


「いてててて……」


 そう言ってマーヴィンはミーシャを下ろし、脇腹を抑える。無理に力を加えたことで、傷口が開いてしまったのだろう。


「大変! 止血しなきゃ」

「大丈夫……大丈夫だ」


 マーヴィンはポケットの中の何かを強く握りしめながら、浅い呼吸を繰り返す。

 そして、その時、不気味に茂みがガサリと揺れた——。


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