マーヴィンはベッドの上でミーシャとアルに思いをはせていた。
ここエルビアータ王国では、エルフは迫害の対象だった。その理由は、建国の際に王家を裏切り、アゼリア王国についたからだとされている。しかし、その裏には、エルフの持つ魔法的能力がまだ十分に理解されておらず、異端視されていることがある。
エルフは長い間、流浪の民として生きてきた。彼らはどの国にも定住せず、各地を渡り歩いている。その優れた魔法の力も、利用する者がいないまま放置され、かえって恐れられる原因になっていた。
アゼリア王国ですら、エルフの魔法が非常に強力だということ以外はほとんど知らない。しかし、ただ、その力に対する淡い期待があるだけで、エルフを全面的に信頼してはいないのだ。
エルフがどれほど国にとって有益か、あるいは危険か――それを理解するには、まだ誰も十分な知識を持っていなかった。
「それにしても、建国なんて何百年も前のことなのに、馬鹿らしい」
マーヴィンはぽつりとつぶやきながら空を眺める。抜けるような青空は、人間の生き方の小ささを浮き彫りにする。
「俺もちっぽけだな」
そしてマーヴィンは頭を抱える。
「あの兄妹を、こんなに利用したいだなんて」
その時、部屋の扉がノックされる。続いて、ミーシャの声が響く。
「マーヴィン。起きてますか?」
「あ、ああ」
返事をするやいなや、勢いよく扉は開かれた。
ミーシャのすぐ隣には、アルが渋い顔をして立っている。
「薬を持ってきた」
「ええ、ほんとにその薬を渡すの!?」
「これが一番効くんだよ」
そう言ったアルは、木のお盆をすっとマーヴィンに差し出す。
お盆の上には陶器の小さな器が乗っており、中は深緑色の液体で満たされている。緑の煙と刺激臭が辺りには立ち込めており、とても薬のようには見えなかった。
「……堂々とした暗殺だな」
マーヴィンは苦々しくつぶやき、鼻をつまむ。
「そんなわけないだろう。これは特別な薬なんだ」
アルが真面目な顔で答えるが、マーヴィンは疑わしそうに器を見つめる。深緑の液体はどろどろとした流動感を持ち、明らかな刺激臭が鼻をついた。
「本当にこれで良くなるのか?」
「効くさ。少なくとも、俺が試した限りではな」
アルが無表情で頷く。
「マーヴィン、大丈夫ですよ!」
ミーシャが優しく微笑みながら言葉を添える。
「アルが作った薬は、すごく効くって評判だし、私も一度飲んだことあるし……まあ、ちょっと味がすごいんですけど!」
「ちょっと、か……」
マーヴィンはさらに眉をひそめ、器を手に取った。緑の液体は、まるで底知れない沼を覗いているかのように見えた。
「さあ、一気にいけ」
アルが促す。
マーヴィンは覚悟を決め、液体を口に含んだ瞬間、濃厚な苦みと異様な青臭さが襲いかかる。喉を通るたびに、まるで体内で小さな爆発が起こっているかのような感覚に陥る。
「おぇぇ……」
思わず、顔をしかめて器を置く。
「偉いよ、ちゃんと飲み切りましたね!」
ミーシャが嬉しそうにマーヴィンの頭を撫でるが、マーヴィンは頭を抱えたままだった。体の芯から冷や汗が噴き出し、頭がクラクラする。
「これでお前はすぐに回復するだろう」
マーヴィンの頭の中にはエルフの妙薬という言葉が駆け巡る。もしかすると、これがそれなのかもしれない。
効果が本物であったら、やはりエルフは今のアゼリア王国に必要な存在だ。
マーヴィンはギラリと瞳を光らせる。
それを知ってか知らずか、ミーシャはマーヴィンの口に木のスプーンを突っ込んだ。
「うわ、なんだ」
「お口直し! 野イチゴのジャム、私が作ったんです」
そう言われてマーヴィンは口の中に意識を集中させる。粒粒とした種の触感と、甘い蜂蜜のかおり、さらに野イチゴの甘酸っぱさが広がった。
「おいしい……」
「でしょう」
これもエルフの妙薬なのだろうか。
マーヴィンは唇についたジャムも残さず舐めとった。
そんな姿は、ミーシャはドキリと胸を高鳴らせる。それがなぜかはまだミーシャにはわからないが。
「さあ、お薬を飲んだらよく休んでくださいな」
ミーシャは自分のドキドキと高鳴る心臓を抑え込むように、部屋の扉を閉めた。
「わあ、なんかドキドキしたぁ」
そして全ての感情を吐き出す。
あいにく、扉に防音性はなく、マーヴィンには丸聞こえだったのだが。
「あいつ、俺に惚れてるのか……?」
そんな事実がマーヴィンの心臓もまた高鳴らせた。しかし、アゼリア王国のことがすぐに頭を冷静にさせる。
「そうだ、まずはアゼリア王国を……そのためには……」
マーヴィンはまっすぐに扉の向こうを見据える。
「俺は、あの兄妹に何を……」
マーヴィンは考えることをやめ、ベッドに体を滑り込ませる。しかし、一度浮かんだ考えはなかなか消えてくれなかった。
―エルフを利用すれば、アゼリア王国は返り咲ける―
マーヴィンの頭の中で、その言葉が渦巻いていた。