「いでーーーーーーーー!」
「ご、ごめんなさい!」
ミーシャはマーヴィンの悲鳴に慌てて、その身を離した。
しかし、かなり大きな衝撃がマーヴィンには走ったようで、マーヴィンは硬く目を閉じ浅い呼吸を繰り返す。
「どうした!?」
その叫びを聞きつけたアルは、上着を羽織りながら駆け寄ってきた。
「えーっと」
「この女が、俺を絞め殺そうとしたんだ」
マーヴィンはうめくように訴える。
「ミーシャ?」
アルはその言葉を聞き、どこか呆れたような視線でミーシャを見下ろす。
「その……目が覚めたことが嬉しくて、つい」
「つい、で行動していい年じゃないだろう」
アルはそう言いながら、ミーシャの頭に耳当てをのせる。それは、街に行くときに耳を隠すために使用するものだ。
ミーシャが戸惑っていると、すでにアルは上着のフードで耳を隠していることに気が付いた。ミーシャはアルにならって、慌てて耳当てをつける。
ちょうどミーシャが耳当てをつけ終わる頃、マーヴィンの痛みは落ち着いたらしく、ゆっくりと目を開けた。
「とにかく、目が覚めてよかったよ」
アルはマーヴィンに傷を見せるように手で示す。
マーヴィンは黙ってうなずき、服をまくり上げた。
「……お前……いや、君たちが俺を助けてくれたのか?」
アルが傷口を見ていると、マーヴィンはアルにぽつりと問いかけた。
「……うーん、そうとも言えるし、そうとも言えないかもしれない」
アルの後ろには、あわあわと汗をかくミーシャがいる。
何を隠そう、マーヴィンを鍬で殴りつけたのはミーシャだ。
「ご、ごめんなさい。クマだと思って、鍬で……」
ミーシャはアルの目線に促され、頭を下げる。しかし、マーヴィンは怒ることなくミーシャを穏やかに見つめた。マーヴィンはミーシャを安心させるようにグルグルと左肩を回して見せる。
「あんなの蚊に刺されたようなもんだ」
「お強いんですね」
ミーシャはキラキラと目を輝かせて、マーヴィンの左肩に手を伸ばそうとするが、アルがその手をはたき落とす。
「どうしてぇ」
「傷を見てるだろ! 邪魔するな」
そんな風に言い合う二人を見て、マーヴィンはいつまでもここにいたいような心地よさを感じた。しかし同時に、ここに今自分がいることはこの幸せを壊すことに繋がるということも理解していた。
「助かった。礼を言うよ。……でも、そろそろ行かないと」
そう言うと、マーヴィンは傷口を上着の裾を戻し、ベッドから立ち上がろうとする。
「そんな傷でどこに行くんですか!」
するとミーシャは即座にマーヴィンの左手を掴む。
その手は大きくてゴツゴツと硬く、アルのものとは全く違った。そのことに驚いていると、アルもまたマーヴィンの両肩を掴んで止めた。
「とても動ける状態じゃない。もう少し、休んでいくべきだ」
マーヴィンは一瞬、二人の必死さに気圧されたように動きを止めたが、すぐに苦笑いを浮かべる。
「そんなに心配するような傷じゃないんだ」
するとミーシャはハッとひらめいたように、マーヴィンの脇腹をつつく。
「うがぁああ」
マーヴィンは声にならない悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。
「ほら、まだ安静が必要です!」
「お前、天使みたいな顔で悪魔みたいなことするんだな……」
ミーシャはマーヴィンに得意げな顔を見せるが、アルが後ろから、ミーシャの頭を掴んだ。
「ミーシャ? 傷口が開いたらどうするんだ?」
その瞬間、ミーシャの顔は血の気がひいていく。
アルは本気で怒らせると怖いのだ。
「ひぃいいい、ごめんなさいぃぃぃい」
「そ、そんなに痛くなかったから……」
思わずマーヴィンはアルに声をかけ、ミーシャを助けようとする。
「大体、君もそんな体でどこに行こうって言うんだ」
「それは……」
マーヴィンは思わず黙り込む。自分の目的はとてもこの兄妹には話せない。
するとアルはハァッと大きくため息をつく。
「二日だ。それで動けるように治してやる」
アルはそう言うと、部屋の扉を乱暴に開けて出ていく。
「さっきはかばってくれて、ありがとうございました」
ミーシャはアルがいなくなったことに安心したのか、マーヴィンに駆け寄ってくる。
「いや……そんなこと」
ミーシャはその返事にさらに笑みを深くする。
「私、ミーシャっていいます。さっきのはアル兄さん」
「……俺は、マーヴィン」
「そっか。マーヴィンさんは熊さんみたいなのに優しいんですね」
そう言うと、ミーシャはするりと耳当てを外す。その下からは、ハーフエルフ特有の丸みを帯びた長い耳が露わになる。
「その耳っ!」
マーヴィンは思わず声を上げる。
しかしミーシャは焦ることなく続ける。
「優しい人に、隠し事なんてしたくないから」
そして、
「私が耳を見せたこと、アル兄さんには内緒にしてくださいね」
とその桜色の唇に指を当てる。
その行動が照れ臭かったのか、ミーシャはいそいそと耳当てをつけなおすと、部屋の扉を開けて出ていく。
「アル兄さん、薬の準備できたー?」
「今やってるところだよ」
そんな声が扉の向こうからは聞こえる。
マーヴィンはベッドの上で思わず頭を抱える。
「あの二人が、エルフだって……?」