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魔法の使えないミーシャちゃん
ならで
異世界恋愛ロマファン
2024年09月03日
公開日
7,286文字
連載中
ここ、エルビアータ王国ではエルフは魔法を使う恐ろしい存在だと忌避されていた。
そんな国でハーフエルフの少女・ミーシャ(14)と腹違いの兄で純エルフ・アル(21)はひっそりと暮らしている。
しかしミーシャは生活魔法すら使うことができない。そんなミーシャをアルは懸命に世話をし続けた。

ある日、ミーシャが畑の水やりをしていると、森の木陰でなにやら蠢くものがあった。
ミーシャは熊だと思い込み、咄嗟に魔法を撃つがその威力は強く、辺りを半壊させてしまう。
そして熊だと思い込んでいたものは、人間で、マーロンという敵国のスパイだった。
ミーシャはマーロンを看病するが、マーロンはミーシャがエルフの血を引くということを知り、利用するために強引に連れ去らう。

そうしてミーシャとマーロンの旅が始まってしまうのだった。

プロローグ

 小道の両脇には野イチゴがたわわに実り、朝露に濡れた葉が朝日を弾いていた。

 赤く輝く実は、風に揺れるたび、きらきらと光を放つ。周囲は静まり返り、森の中にはただ、微かな風の音と野鳥のさえずりが響くだけだった。


 そんな静寂を破るように軽やかなミーシャの足音が響く。

 絹のように細い金髪を風に遊ばせながら、ミーシャは野イチゴの道を駆け抜けた。彼女がステップを踏むたびに、野イチゴは揺れ、朝露を落としていく。

 後ろからは、息を切らしながらアルがミーシャを追いかけてくる。短く切りそろえられた銀髪は汗で額に張り付き、深い海のような瞳は不安げに揺れている。

 眉間に寄せられた皺からは無邪気な妹を心配する、兄の真剣さがにじみだしていた。


「ミーシャ、待てってば!」

「遅いよ、アル兄さん!」


 ミーシャは振り返ることなく、さらに勢いをつけて小道の先へと駆け続ける。

 アルはその後を、地面の凸凹に気を取られながらも小枝を踏みしめてついていく。


 森の小道を抜けた先に、透き通るような青空が一気に広がった。

 ミーシャはいたずらっぽく笑い、ようやくアルの方を振り返る。


「ほら見て、あそこに小鳥の巣があるの!」


 アルはミーシャの指さす方を見つめる。そこでは、数匹の雛が親鳥に向けて口を開けていた。ピチュピチュと歌うような鳴き声を響かせる雛は皆一様に青い羽根をしていた。


「きっと、近いうちにいいことがあるね」


 そう言ったミーシャの声の響きには悲しみの音が潜んでいた。

 兄のアルは純エルフだったが、腹違いの妹であるミーシャはハーフエルフだ。その証拠に、アルのツンと尖った耳とは違い、ミーシャの耳は丸みを帯びていた。

 ミーシャはそっと自分の耳を撫でる。


「私も青い羽根がよかったなぁ」


 ミーシャの呟きは風に流され、そして消えていく。

 すると、アルの大きな右手がミーシャの頭をくしゃくしゃにかき回した。細い金髪は絡み合い、まるであの鳥の巣のようだった。


「何するの、アル兄さん!」

「羽の色より、飛べるかどうかが大事だろ」


 そう言うと、アルはミーシャの手にあった大きな籠を奪い取る。


「さあ、野イチゴを摘まなくちゃ。ミーシャはたくさん食べるから、この籠いっぱいでも足りないかもな」

「そんなことないよ!」


 ミーシャはその柔らかな頬をぷくっと膨らませた。

 アルはそんなミーシャを笑い、森の小道を駆け抜ける。


 これがミーシャの日常だ。

 死ぬまでこんな日々を繰り返す、そう信じてやまなかった。

 ———あの日までは。



「迷惑をかけられた分、お前には手伝ってもらう」


 そうにやりと笑うマーヴィンの瞳にはどこか暗い光が宿っていた。


「手伝うって?」


 ミーシャは意味が分からず、ぽかんと口を開けて問いかける。


「エルフは色んな使い道があるからな!」


 そう言うと、マーヴィンは片手でいとも簡単にミーシャのことを掴み上げる。


「アル兄さん……!」


 ミーシャはとっさにアルに助けを求める悲鳴を上げる。しかしその悲鳴はマーヴィンの手に遮られる。


「黙ってついてくれば、悪いようにはしない」


 その言葉にはどこか優しさがにじんでいるような気がして、ミーシャは一瞬気を許しそうになる。しかしマーヴィンがミーシャを窓から引きずり下ろそうとしたことでハッと我に返る。

 ミーシャは窓枠を必死につかむが、マーヴィンの力には敵わない。ミーシャはズリズリと窓枠から引きはがされる。

 ミーシャは最後の抵抗にマーヴィンの手に嚙みついた。


「いてっ!」


 マーヴィンはミーシャのことを一瞬悲し気に見つめたが、すぐにもう一度口をふさぎなおした。


「俺だって本当はこんなこと、したくないんだ」


 そんなマーヴィンのつぶやきは風にとけて、誰にも届くことはなかった。

 こうして静かにミーシャの日常は奪い去られたのだった。


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