そして、
「エリス様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう。そこへ置いておいて」
「はい」
結婚して約半年が過ぎると、エリスはシューベルトの愛人たちが住まう屋敷よりも狭い別宅へと移されていた。
妻であるというのに、この仕打ちは屈辱的で何とも言えない気持ちになるエリスだけれど、シューベルトに逆らう事が出来ず、最近では屋敷から自由に出る事すら禁じられていた。
表向きには体調を崩している事にされているので、エリスの姿を目にしなくても誰も不思議に思わなかった。
そんなエリスと顔を合わせるのは食事を運ぶメイドくらいのもので、まるで囚われの身分だと錯覚しながら、エリスはつまらない毎日を与えられた部屋で過ごしていた。
そんな変わり映えのしないある日の事、お手洗いから部屋へ戻る道すがら、本宅と別宅を繋ぐ中庭から聞き覚えのある声が二つ、聞こえてくる。
一つはシューベルトのもの。
そして、もう一つは――
「ねぇ、シューベルト、そろそろいいんじゃない?」
「そうだな。体調が悪化した事にして、そろそろ作戦を実行するか」
「いよいよ、あの邪魔な女を始末する事が出来るのね。嬉しいわぁ。お母様も私も今か今かと待ち望んでるのよ」
「俺もだよ。国の為とはいえ、あんな辛気臭い女と結婚なんて物凄く嫌だった。ようやくお前と一緒になれると思うと嬉しいよ――リリナ」
そんな不穏な会話をシューベルトと交わしていたのは他でも無い、妹のリリナだったのだ。
(どうして、シューベルトとリリナがあんなに仲良さそうなの……? それに、今の話って……?)
シューベルトがリリナを気に入っているので二人が一緒に居てもおかしくは無い。
けれど、今の話の内容は明らかにおかしいし、リリナがシューベルトと居るのに嬉しそうにしている事もおかしい。リリナは嫌がっていたはずなのに。
(作戦って? 邪魔な女を始末って? それって、私の、事?)
二人の会話の内容から自分の事を話していると気付いたエリス。
不穏な話に身の危険を感じた彼女は震える身体を落ち着かせ、今にも腰が抜けそうになるのを必死に堪えながら、小さく深呼吸をすると二人に気付かれないようゆっくり静かに部屋へと戻って行く。
(私、殺されるの? 何故? それに、リリナが言っていた『お母様も今か今かと待ち望んでる』って、どういう事なの? もしかして、この結婚には、金銭面の援助以外にも、何か裏があったの?)
部屋へ戻って来たエリスは先程得た様々な情報を整理すべく、ベッドの上に腰を下ろして考える。
けれど、何が何だか分からない中で考えを纏めようとしたところで何一つ纏まる訳もなく、
(どうしよう……一体、どうすればいいの?)
答えが出ないまま夕食の時間になり、いつもの様にメイドが食事を運んで来た。