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第41話 大移動

 先日、H町の町長が変わった。長年町長を務めていた人徳のある人でも勢いだけの新しさに負けるのだ。諸行無常。


 とは言え、新しい顔に興味を引かれてしまうのは仕方のないこと。これまで同じように勝ってきた人ほど、その歴史を重視してしまい、新しさを軽視する。人々は自分たちには安定を求めるが、政治家には革新を求めるものだ。


 その新しい顔がどのような政治をしていくかにはオレは興味が無い。よほどの馬鹿でも無い限り、直ちに生活へ影響することはないだろう。野良仕事の休憩で煙草を吸いつつ、ぼんやりと周りを眺めていると、向こうから何なら黒いものが近付いてきた。


 田んぼの畦道を猛烈な勢いで行進する者たち。人間ではない。猪にしては小さすぎるか。このままだとぶつかりそうなので、後ろの道へと一歩下がった。


 ざざざっ。ざざざっ。ざざざっ。


 相当な速度が出ているが、土煙を巻き上げたりはしていない。そいつらは……。


 地蔵だった。地蔵の群れが大移動をしているのだ。あまりにも非現実的な光景に呆気に取られる。それらはやがてオレの目の前を通り過ぎていった。すべて数えられたわけではないが、その数は10を超えていた。赤い布を下げた立派な地蔵、あるいは傷だらけの地蔵、首の無い地蔵。つまり、一カ所から来たわけではなさそうだ。


 オレは気になって、その地蔵があったであろう場所をいくつか巡った。無くなってはいなかった。やはり見間違いだろうか? 地蔵が動くわけがない。そんな正論はここでは置いておこう。そもそもH町の地蔵だったかは分からない。遠いところから旅をしているとか。いや、彼らは猛烈な勢いで移動していた。まるで、何かから逃げるように。


 この町での変化と言えば、それこそ町長選挙しかない。新町長の政治家としての手腕に絶望したのだろうか。地蔵は町民ではないのだから、どう政治が転んだとしても関係無いだろうに。いくら新しいと言っても、地蔵を撤去する馬鹿はいない。地蔵に何らかの御利益を求めている者など20年もすれば、みな死んでいる。けれど、今は生きている。偏屈なジジババを敵に回す厄介さは若者が一番熟知しているのだ。


 野良仕事を終えたあと、オレはネットで調べてみた。地蔵の大移動、他に目撃者はいないのだろうかと。ゼロだった。あんなに豪快な見間違いなど無いと思うのだが。


 酒飲み話のネタにはなるかと思い、大学時代の友人に披露したところ、なんと彼も見たことがあるとのこと。時期も場所も季節も違うが、大量の地蔵たちが勢いよく移動した。


 現在の野党が与党になった頃に見たらしい。


 つまりH町にはそれクラスの問題が起こるということだろうか。


 というか、そういう時には地蔵は助けてくれないのだな。これまで霊感ゼロで通してきた身だ。神様仏様に縋ったことも無い。だというのに、なんだかひどくガッカリした。


 結局、人は独りでしか生きていけないのだ。誰も助けてくれない。何せ、地蔵でも見捨てるくらいだ。誰にも頼らず生きていかねばならないことを強く実感した。新町長の手腕すら見ていないというのに。あまりに早合点だろうか。


 ……はあ。それで、ええと。


 ああ、そうだった。オレは死んだんだった。野良仕事中に熱中症に倒れてさ。新町長なんて全く関係無いことで、ただのミスで人は死ぬ。


 死ですらもドラマにならない。これが一般人とそうで無い者の差なんだな。イタコさんに言うことがあるとすれば、歴史と革新に寛容であれ、若さと老いを舐めるな。


 結局、あの地蔵を見た次の日にオレは死んだんだからな。もしかしたら、こういうことは全国で起こっていて、大地震が来たらその地域の地蔵はあちこちに逃げていくのかもしれねぇ。


 神様仏様地蔵様に祈る時代は終わったのさ。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 イタコ……。そう的を外してはいないように思うけど、でも、いまのばあやは違うんでしょう。


 ええ。死者の魂と話し、どうやって死んだのかを記録する……それがぼっちゃまの家に来るまでのわたしの仕事でございました。


 このお地蔵さんの大移動についてどう思う。


 最後は主観が入っておりましたが、実のところ、これは間違いですよ。


 どの辺りが?


 地蔵の大移動は逃げ出すためではなく、遠くの地で危険に晒された子供の命を守るためのものなのです。


 そうだったんだ。


 ええ。昔は神秘の力で遠くから助けていたようですが、最近は地蔵にお供えをしたり、祈ったりする人が減っているので霊体を飛ばして助けに行かざるを得ないのです。


 ふーん。今度からお地蔵さんを見つけたら、お供物を用意しなくっちゃね。


 ふふふ、ぼっちゃまはお優しいですね。


 ねぇ。


 なんでしょうか。


 改めて聞きたいんだ。ばあやは……偽物ではないと思うよ。でも、厳密に言うならば、本物でもないんじゃないかな。


 定義次第でございます。けれど、わたしがぼっちゃまにお仕え致しているのは事実です。それが何によってかどうか問われるならば、確かに父君との間に交わされた雇用契約によるものではありません。


 ……そう。盟約、なのかな。


 さすがでございます。あと一歩ですね。


 眠くないけど、眠いよ。……おやすみ。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。




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