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第31話 葬列

 ざわざわとした居酒屋。サカイさんは安めの焼酎を飲みながら「俺はまだ先頭にいるんだよな」と言って透明のグラスを見せつけるように私の目の前に置いた。


 意味が分からず反応に困っているとこんな話を聞かせてくれた。




 俺は毎日のように酒を飲むタイプだからさ、出来るだけ金はかけたくないわけよ。

 せめて真っ当な勤め人だったら、こういう風に居酒屋に来れたのかもしれないが。でも、家で飲むわけにはいかない。ちゃんとしたとこで働けって親がうるさいし。それが出来れば苦労しないっつうの。


 ……んでまぁ、家の近くにある神社の境内で月を見ながら安酒を飲むのが毎日の習慣になっていたんだ。


 夜の神社は不気味でまともな神経をしていたら、普通のやつは近付きたくもないだろうと思ってな。酒飲んで頭がパーになってるときにつまらないやつに絡まれて人生がパーになったら笑い話にもならないだろ?


 俺だって最初は夜の神社にビビってたけど3日で慣れたわ。真っ黒な空を見上げて、今日は満月か三日月かそれとも半月か、月は見えないけど星が光ってたり、風流さは感じたな。


 神社は小さな町にある何の変哲もない神社よ。宮司なんて存在は見たことが無いし、境内には秋になると隣りの木々から大量の葉っぱが山ほど積み重なっていくんだが、誰かが掃除してるとも思えない。それくらい寂れている。


 その日、本当言うとやめとこうかと思っていた。夜まで大雨が降っていたからだ。この習慣でも外の天気や気温次第では諦めることもある。だけど、俺がコンビニで酒を買った頃、空には雲ひとつ無い快晴であった。


 酒を飲むにはベストコンディションだ。賽銭箱を背にして石畳に座り込む。三杯目のを飲み切ったくらいで頭がクラクラしてきた。外気温に反して体の中はアツアツよ。そろそろ帰るかと立ち上がり、辺りを見渡すとあちこちに水溜りがある。天気予報じゃ明日も雨らしいし、明日は行けないだろう。


 そんな風にあれこれ考えていると神社の空気が急激に張り詰めて来た。鳥居の方から何かが来ている。真っ黒い暗闇に白いものがふわりと浮いているように見えた。


 俺は予想外の出来事に体を硬直させた。



 白いものは顔だった。



 そしてその顔の後ろにまた顔がある。鳥居の外まで顔たちの行列が続いているのが分かった。俺はここで神社のマナーを思い出した。


 鳥居の真ん中の道は歩いてはならない。そこは神様が通る道なのだと言う。けれど、俺は微動だに出来なかった。


 行列の先頭としてこちらに進んでいる女性のような顔は苦悶に満ちた表情をしており、俺はゾッとした。今すぐここから出なくてはと立ち上がり、神社から出ようとした。そのとき、近くにあった水たまりに白い顔たちの下に同じく白い外套のようなモノが映っていた。


 顔を上げると顔は顔だけだ。特に服を着ている様子は無い。というか、体も無いのだ。わけの分からない光景に俺の酔いはもう完全に冷めちまって真ん中を避けて鳥居の外に出た。


 境内から完全に出たあと、今のはいったい何だったんだと息を荒げて休憩した。すると。背中につーーと誰かに指で触られた感触があった。足音なんて無かった。ここで振り返ってはいけない。だけど、振り返らなければ、後ろの何かに殺されてしまうのではないかと恐怖した。



 俺はその誘惑に負けて振り返ったんだよ。するとさっきまで苦しそうな表情をしていた顔が口角を思いきり上げた。嬉しそうに「つぎはおまえだ」と言った。俺はもうわけも分からず、家に全力で帰って来た。



 自分の部屋に帰って、今のは全部酒が見せた幻覚なんじゃないかって少しずつ冷静になってきた。チェイサーとして水を飲もうとしたとき、さっきの顔が水面に映っているんだ。

 振り返っても何も無い。見えない。けれど、言いようの無い不安が俺の中で育っていた。


 カーテンをめくると暗闇が窓から覗いていた。俺の後ろに顔があった。苦しそうな顔。痛そうな顔。悲しそうな顔。怒りに燃えている顔。歪んだ笑顔。何も考えていない顔。窓ガラスには絶望がそのまま現れたかのような俺の顔が反射していた。


 ……ありとあらゆる顔が俺の後ろで行列を作っている。俺はそのまま失神してしまった。家族に揺り起こされて、変な夢でも見ていたのかと思ったんだが、次の日もその次の日も顔たちは俺の後ろにいるんだ。まるで俺が死ぬのを今か今かと待っているように。



「どうだ、見えるか?」



 サカイさんが揺らしたグラスにはぼんやりとした顔が写っていた。さっきは何も無かったのに!



「こ、これ、どうしたらいいんですか!?」


「明日からの先頭は……おまえだ」



 そう言ってサカイさんは嬉しそうに箸を取って思い切り、耳に突き刺した。ぐちゅ。私や周りの客たちが狼狽する中、サカイさんは嬉しそうな顔でそのまま亡くなってしまわれた。


 警察の事情聴取を受けた帰り、私は帰路を急ぐ。コツ、と私の靴音が鳴るたびに、コツコツコツコツコツコツコツコツコツと何かがついて来る。振り返る必要も無い。私のすぐ後ろの顔がサカイさんのものなのか、そうでないのか。


 私もいずれ彼らの仲間にさせられてしまうのは目に見えている。後ろから背中を刺すような視線が突き刺さる。私にしか聞こえていない言葉が聞こえる。


 あのとき神社に来た者たちは何者であったのだろうか。彼らの正体を示す資料は無い。


 残念ながら私の人生はパーになってしまったようだ。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 怖いね。貰い事故みたいなものだ。サカイさんが勝手に自分の事情を話して、勝手に自殺した。それだけで終わってしまうなんて。


 この状態は強く呪われているのと同じで解呪する方法はもはやありません。理不尽です。例え死のうとも魂は行列に組み込まれる。


 七人ミサキを思い出したな。


 確かにあれも似たようなものですね。けれど、七人ミサキは常に七人です。新入りが入ってくれば、その中で最も長くいる魂は解放される。しかし、この場合はそうではない。


 牢獄みたいだ。


 ええ。今はいったいどれだけ長い“葬列”を作っているか分かりませんね。


 その怪異の名前?


 これは怪異というより怪現象に近い。ですが、わたくしたちは“葬列”と呼んでおります。行き遭えば、そこで終わり。かつては彼らをまとめて討伐しようというムーブメントもあったのですが、無理でしたね。災害は人の力でどうになるものではございません。あるいは“神杭”が……。


 カミグイ?


 申し訳ありません。詳しい話はいずれまた。


 ……ふーん。いいよ。ばあや、おやすみ。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。

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