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第24話 花子さんはもういない

 学校の3階のトイレの3番目の扉に3回ノックをしつつ、花子さん遊びましょうと声を掛ける。すると、トイレに引き摺り込まれる。というのが、一般的なトイレの花子さんだろうか。うちの小学校ではアレンジされており、遊ぼうとは言わずに花子さんにお願いをするのだ。そうすれば、学校に関するお願いを聞いてくれるのだという。本当かどうかは分からない。歳の離れた姉にそう教わったのだ。


 わたしの小学校は歴史は古いが、最近になって改装されたため、新しい。綺麗な廊下にわたしはひとりで立ち尽くす。トイレでバケツの水を掛けられたのだ。いわゆる、イジメである。


 親に言おうと、我慢してねと言われるだけ。教師に言おうと、それは叶枝かなえちゃんと遊びたいっていうことなんじゃないの?と言われるだけ。


 だからと言って、体育が苦手なわたしが喧嘩で勝てるわけが無い。だから、トイレの花子さんならば、もしかして。そう考えた。


 緊張したけど、実行した。3階のトイレの3番目の扉に3階ノックして言った。頼んだ。



「花子さん、お願いします。2組の安城と丸木と塔裂とうざきにお仕置きしてください!」



 すると、誰もいないはずのトイレから水が流れる音がした。そして。



「いいよー!」



 と快活な声が聞こえてきたのだ。少女の声だった。誰のイタズラとも思えない。だって、近くには誰もいないのだから。



「その代わりに髪の毛をちょうだい」


「少しでいいなら」


「それでいいよー」



 ランドセルに入れていたハサミで髪を切った。恐る恐る扉を開けて、トイレに流す。声が聞こえて来たのはここからだったが、もちろん無人だ。わたしはいまオバケと話をしたんだ。その不思議な感覚のまま、家に帰った。


 いったいどんなお仕置きをされるんだろうと思ったら、次の日に学校へ来て驚いた。


 パトカーが10台以上、学校に来ていた。その日は学校を返されたが、ニュースで安城が惨殺され、バラバラ死体となって教室で発見されたとのこと。お仕置きにしては凄惨過ぎた。でも、イジメは魂の殺人だ。わたしを殺そうとしたのだから、その処罰は妥当だろう。


 眠る前にトイレに入ったら、声が聞こえた。トイレの花子さんだ。呼んでないのに。



「血をちょうだい」


「少しでいいながら」


「それでいいよー」



 そんなやり取りをして、わたしは恐ろしくなっていた。トイレの花子さんの要求は少しずつ大きくなっている。何か指とか目とか、請求されたら、断ろう。だいたい、家の中のトイレに来るなんて礼儀がなってない。


 次の日、またニュースだ。丸木が近くのスーパーで惨殺されていたのだ。頭が潰されており、鈍器で殴られたのだと警察は言っている。


 トイレの中で声を掛けられた。



「指をちょうだい」


「ごめんなさい。塔裂は殺さなくていいから」


「ダメ。ダメ。ちょうだい。ちょうだい」



 怖い。無理矢理にでも指を千切られそうで。わたしは姉にトイレの花子さんについて聞いたが、元ネタを知っている人がいるという。その人に聞くことにした。異塚ことつか神社の前の広場。そこにおねえさんがいた。隣の市の高校のセーラー服を着ているミステリアスな少女だった。



「トイレの花子さんか。近くにいる低級霊を呼び寄せるトイレを祭壇に見立てているんだね。かつて子供たちはトイレの花子さんを恐れていた。だけど、汲み取り便所だったときとは訳が違う。水洗式となって、今ではピカピカだ。誰も畏れない・怖がらない・知られていない怪異など、大した力は持てないのが普通だ」


「わたしが髪と血を上げたから強くなった?」


「そうなる」


「これを拒否し続けたら、居なくなるかな?」


「時間の問題だろうね。トイレに入らずにこれからの人生を送っていくつもりかい?」


「どうすればいいの」


「この学校のトイレの花子さんはコックリさんに似ている。丁重にお帰りいただくしか無いだろう。相手は雑魚だろうけど、油断しちゃいけないよ。これまでに髪と血を手に入れているんだからね。指で肉と骨を貰うつもりだろう。次は目か耳か鼻か口だね」


「そんなのヤダ」


「じゃあ、断りなさい」


「おねえさんも付いてきてよ」


「わたしはここから出られないんだ」



 おねえさんは寂しそうに笑った。



 家のトイレでわたしは祈った。



「お帰りください。お帰りください」


「じゃあ、爪をちょうだい」



 らちが開かない。このやりとりを15分繰り返して、わたしは花子さんと意思疎通を図るのは無理だと分かった。折れるしかないのかも。それで帰ってくれるというのなら。



「…………少しだけなら」


「それでいいよー」



 花子さんは来なくなった。塔裂とうざきは生きてるだろうけど、ボスと仲間が死んだんだから、イジメは収まっているはずだ。すると、学校にはまたしてもパトカーが来ていた。話を聞くと、塔裂もまた惨殺されていたそうで、すべての指を念入りに潰されるという拷問を受けていたそうだ。顔が青ざめる。花子さんは帰ったのではなかったのか?


 わたしは警察署のトイレに入った。学校より綺麗だ。けれど、花子さんの声が聞こえて来た。



「指をちょうだい」


「あなたの仕事は終わったのよ」


「ダメ? じゃあ、目をちょうだい。鼻をちょうだい。口をちょうだい。耳をちょうだい。ワタシともっと仕事しようよ。くれたら、何でも願いを叶えてあげる」


「いや!」


「そう……。それなら、命をちょうだい」


「え」



 生まれて初めて見たトイレの花子さんは少女の姿をしていなかった。手が生えた虫だ。痩せこけたたくさんの手がわたしを信じられない力で掴む。そして、トイレの中へ引き摺り込む。わたしは大声を上げるが、誰も来てくれなかった。誰も気付いてくれなかった。



 ごおおおーっ。



 水が流れる音がして、トイレには誰もいなくなった。様子を見に来た警察官も驚くばかり。そのトイレには髪と血と指と眼球と外耳と鼻、切り落とされた唇が並んでいたという。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 イジメは許されないけど、そのお仕置きをおまじないで済ませようとするのは良くないね。


 ええ。彼らと取引など不可能です。言葉は通じますが、会話は成り立たない。


 トイレの花子さんってもう居ないんだね。


 おりませんね。これは“修羅千手しゅらせんじゅ”の一種でございます。取引を持ちかけて最終的には殺す。足の代わりに手が生えているムカデでございます。かつては神籠かごめ町を守る良き神であったのですが、仕方ありますまい。


 元は神様だったんだ。


 ええ。自らが神であるという意識はもう持っていないでしょうが。現代では神秘の力が失われつつある。手っ取り早く、力を手に入れるためには畏れられるのが必要です。


 ふぅん。眠くなって来たよ。おやすみ。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。

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