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第21話 石の魚

 家に小さな池がある。何も泳いでいないのはかわいそうだと思って長めの石に絵を描いて、池に入れた。石の魚だ。もちろん泳ぐわけもなく、ただただ池の底に沈んでいた。



 台風が来て。わたしは家の中に危険があるかどうかが精一杯で。気がつくと池に沈んだ石の魚が飛んでいってしまったことに気が付いた。でも、そこまで思い入れがあったわけじゃない。すぐ忘れた。



 縁談が持ち上がった。相手は近所に住む大地主だ。今年は豊作だったようで、笑いが止まらないほど大儲けをしたらしい。親は玉の輿だと笑っていた。



 でも、わたしはただのフリーターだ。とても身分が釣り合わない。けれど、向こうの熱望によって取り敢えずお見合いは成立した。向こうはわたしよりやや歳上と言った感じの真面目そうな男だった。



「なんで、わたしを指名されたのですか?」


「石の魚を作っておられたでしょう」


「は。はあ。確かに作りましたけど、台風のときにどこかへ飛ばされてしまいましたよ」


「ウチの田んぼに来たんですよ」


「それは迷惑をおかけして申し訳ありません」


「いえいえ、今回の豊作は石の魚のおかげだと我々は思っているのです」


「え? でも、あれ、ただの石ですよ?」


「石の魚は泳ぐのです。害虫をすべて喰らい尽くし、病にかかった稲の前でぐるぐると泳ぎ、僕は石の魚の行動で助かりました。あれが無ければ、すべての稲が病に掛かっていたでしょう」



 彼の目に宿る熱さは本物で。とうてい信じられないことだが、彼が嘘をついているとも思えなかった。お見合いの後に、わたしは彼の家に招待された。そして、広い池で飼われている石の魚も見た。



「あれ、わたしの字だ。……泳いでる」



 何がどうなっているのかさっぱり分からない。魚の腹にはわたしの署名が入っている。でも、こいつは石だ。石が動くなんて。すると、男の人が袋に入れた餌を池にぶち撒ける。



「あ、食べてる!」



 石の魚はぽっかりと口を開けて餌を一心不乱に食べている。署名が無ければ悪戯だと思うしかない。でも、見ず知らずのわたしを騙して、この人にいったい何の得があるのだ?



「あなたには感謝しています。ぼくと結婚しませんか? もっと石の魚が作れるようなら、もっといいのですが。……あ、いや、これは誤解を招く言い方でしたね。引っ越しの挨拶に来られたとき、ぼくはあなたに一目惚れしたのです」



 そう言われて断れるわけもなかった。生きた石の魚をもう一度作れるとは全く思っていなかった。あれは奇跡だとそう信じていたのに。



 あっさりと2匹目の石の魚は成功し、今では7匹の石の魚が泳いでいる。見た目が同じだと区別がつき辛いため、石には塗料が塗ってある。



 彼との結婚生活は順調だった。何の不満も無い。けれど、何年経っても子供は出来なかった。優しい旦那ではあったが、ベッドに入ると急に肌が冷たく感じるせいかもしれない。



 いつ彼の実家に怒られても仕方ない。そういう風に思っていた。久々に実家に帰ると、小さな庭に旦那から貰った石の魚が泳いでいた。水草の端に卵が多く付いていた。その中に。



 親指よりも小さな赤子が眠っていた。わたしはそれを内緒で育て始めた。平均的な1歳児並みに育ち始めた頃、旦那にバレた。わたしは洗いざらい、そのことを話すと彼はその子供を養子縁組として引き取り、我が子のように愛した。



 実子ではないのだから、何の慰めにもなっていないのだし、彼の実家に怒られる。そう思っていたのに。彼らは孫のように娘を愛した。



 不思議でしょうがなかった。でも、わたしもまた娘を愛した。水泳が得意であること以外は普通の女の子であった。



 あるとき、旦那が死んだ。



 病ではなく、池の中に頭を突っ込んで。白い顔はまるで石のようだった。いや、それはまさしく石だった。意味が分からなかった。でも、義理の母から思いもかけない言葉をかけられた。



「あの子はね、夫がロックバランシングっていうのにハマったときに積んだ石から生まれた子なの。それを覚えているかどうかは分からないけど。あなた、一時期、子供が出来ないからって悩んでいたでしょう? でもね、出来ないのは当然なのよ。彼は石なのだから」



 旦那が死んで以降、すべての石の魚は動かなくなった。でも、娘は元気だ。彼女に真実を知らせることになるのはいつになるだろう。今日も娘は元気に小学校へ向かう。旦那を砕いた石をパワーストーンだと言って持たせている。



 今でもわたしは石に魚と描いて池に放り込む。でも、いつだって石は底に沈んでいくのだ。わたしの愛など知りもせずに。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 なんか不思議な話だったね。


 これは“意志神いしがみ”の一種でしょう。付喪神のようなものとも言えるかもしれません。“意志神”は人を攫い、攫ったモノをベースにして人間を造るのです。おそらく、近くで女の子が“意志神”に囚われた結果ですね。


 旦那さんも“意志神”が作った人間?


 いいえ。あの旦那さんは“意志神”そのものです。彼の人間のときの記憶には無いでしょうが、近くで女の子を攫っております。その後、無事に家へ帰されたようですが。


 何のためにそんなことを?


 “意志神”は菌類に似ている怪異です。人間ではなく、モノに取り付いて繁殖を行う。寿命はそのモノ次第。作った人間の側にいることで、より新しくより頑丈なモノへ憑依するのです。


 そうか。でも、この怪異は何も悪いことはしていないね。生きていただけだ。


 すべての怪異は生きているだけなのでございますよ。あるがままに生きているのです。


 そうだね。おやすみ。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。



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