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第17話 欠けない人間

 双子というモノはどこか神秘的だ。おれには兄弟がいないから、余計にそう感じるのかもしれない。だから、妻の鳴花めいかが双子を妊娠したと聞いて、嬉しかった。ひとりの子供を育てるだけで苦労するのにそれが同時にふたりなんて。どう考えても大変だ。おれと鳴花の遺伝子がこの子たちに刻まれる。生きた証を残すこと、それが人生の目的であれば、達している。



 わくわくしていた。鳴花には双子を産む以外のことなんてさせたくなかった。料理を作るようになった。掃除をするようになった。洗濯をするようになった。鳴花の体調が悪ければ、すぐさま病院へ連れて行った。陣痛や悪阻に苦しむ彼女の側で「大丈夫」と言い続けた。



 そして、双子が生まれた。どちらも女の子だった。姉の方を雪穂、妹の方を皐月にした。名の由来は鳴花の花、雪穂の雪、皐月の月から雪月花になるようにしたからだ。かなり安直な考えだったが、とても似合っているように思った。



 育児は大変だった。おれが料理掃除洗濯の間に鳴花は子供たちの世話をする。おれが家事を終えるとそのまま子供たちの世話を継続する。その間に鳴花は寝る。仮眠を終えた鳴花の代わりにおれが仮眠に入る。大変なことばかりだったが、雪穂と皐月が動き回り、喋り、色々なことを自分で出来るようになって、負担が少しずつ減り始めた。



 その頃にはふたりとも立派な小学生5年生になっていた。雪穂と皐月はよく似ている。間違いを防ぐため、雪穂はロングヘアだが、皐月はショートカットだ。鳴花に似て髪は茶色っぽく、花も恥じいるような美少女だった。



 けれど、ふたりの性格は真逆だった。勉強が好きでありとあらゆる知識を身に付けようとひとりで努力する雪穂。運動が大好きでチームプレイで勝利を得たら友人の信頼を得られた証にもなるからと大喜びする皐月。



 ここまで真逆だと性格の不一致で喧嘩になることもあるのではないかと心配したが、ふたりはとても仲が良かった。どんな興味深い記事が目の前に有ろうとも、雪穂は皐月を優先した。皐月もどんな友達に止められても雪穂の為であれば、試合も欠場した。互いとコミュニケーションをすることが彼女たちの至上であった。いや、調整と言った方が正しいかもしれない。



 家族仲は非常に良好だ。家事はすべておれの仕事。その代わり、鳴花は遅くまで残業して、家に金を溜め込んでくれた。よほど豪勢に使い続けない限り、ずっと暮らしていけるだろう。



 けれど、その仮定が無意味だったことを今なら理解している。家庭が崩壊しなければ、という前提条件が崩れてしまった。



 緊急家族会議を開いた。議長は父のおれだ。議題は「鳴花の遺体をどこに捨てるか、だ」。



 おれがそう言うだけで、雪穂は瞬く間に全てを調べた。この町で最も死体遺棄がバレなさそうな場所。どの手順でバラバラにすれば、遺体を運びやすく出来るのか? 警察署は最近起きた自動車事故に付きっきりだということ。



 そしてそのデータを元に皐月が穴を掘り、死体を遺棄した。念入りに土を混ぜて固めた。



 もちろん、移動はおれの車で。



「ねえ、パパ。なんで、私たちがママを殺したのかって聞かないの?」


「フフフ、お父さんは双子という繋がりが好きなんだよね? お母さんなんてどうでも良かった。生きていたのが、アタシたちで安心した」


「雪穂には見抜かれちゃってるなぁ。でも、皐月が言っていたように、疑問くらい持つよ。ふたりはどうして、鳴花を殺したんだい?」


「アタシたちは2人揃って一人前なんだ。そういう風に決めてたからね。でも、よく考えたら、お母さんから、アタシたちが出来たとも言える。それならば完璧を求めるためには、お母さんは殺しておかないといけないでしょう」


「その理屈だとおれも殺さないといけないんじゃないのか?」


「えーパパは男でしょ。性転換なんてしないでね。殺さないといけなくなるから」



 理解出来たような理解が及ばぬような。なんとも言えない。どうやら、雪穂と皐月はふたりで最高の人間として完結するために生きていたらしい。うーん、やっぱり分からない。



「これから中学はどうするんだ?」


「雪穂は更なる勉強の為、不登校を貫きます。学校の図書室よりも豊富な蔵書の図書館や教科書以上に詳しい学習書で勉強します」


「皐月はねー。バレーで全国大会優勝を目指す。暇だったら他の部の助っ人にも行きます」



 とのことだった。おれは復職し、家事をやりつつ、ふたりの成長を見守った。


 雪穂は背が小さく、痩せている。


 皐月は背が高く、筋肉質だ。


 ふたりを見て双子だなんて言う者はいない。



「これから高校ではどうするんだ?」


「勉強する範囲を絞るよ。具体的には生物学・医学・精神学。まぁ、不登校だけどね」


「全国大会は優勝したし、世界大会かな」



 ふたり分の高校の学費を出すのは大変だったが、娘たちが日々を楽しんで生きていることが分かった。それならば、おれも幸せだ。



「これから大学ではどうするんだ?」


「子供を作るよ」


「彼氏がいるのか?」


「違う。雪穂と皐月の間に子供を産むの」


「同性では無理だぞ」


「それを可能に致しました! 凄いでしょう」


「本当に凄いよね雪穂は! 天才だよ」


「子供を産んでからは?」


「死ぬ」「死ぬ」


「なぜ?」


「アタシたちの配合は完璧。生まれたときから英雄になることを運命付けられているような美人になるよ。この世界の誰よりも頭が良く、この世界の誰よりも運動神経が高い。そんな子が生まれるのよ」


「ならば育てないと。いくら天才だとしても、ひとりでは何も出来ないものだよ」


「それなら、お父さんが育てたらいい」


「無責任なことを言うのは辞めなさい」



 そんな忠告を受けても聞くわけはなく、雪穂と皐月は死んだ。子供は男の子だった。名前は月雪つきゆきといった。非常に美しく、ふたりの言う通り、きっと彼はこの日本を……いや、世界を導いてくれる人類の救世主になるだろう。



 おれは月雪を殺した。



 だって、おれは双子が好きなんだ。その神秘性こそを愛している。ふたりがやろうとした結果など、何ひとつ残らなかった。であれば、おれの生きた証もまた、同じだろう。



 あーあ。子育て失敗しちゃった。せめて鳴花が生きていてくれたら、こんな不恰好な終わり方にならずに済んだのかもしれない。



 親ガチャなんていう言葉があるけど、子供だってガチャみたいなもんだよな。世間的にはどれだけの価値が付けられようとも、おれにとっては何の意味もない。どうでもいい。



 さあ、死ぬか。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 鳴花さん以外の登場人物が大嫌いだ。訳のわからない理論でお母さんを殺して人生を決め付けて自殺して。月雪くんには何の罪も無いんだ。


 そうですね。この方たちはそもそも生きることへの執着が無いんですね。完全な生命体を作り出すという過程が面白かった。ただそれだけの虚無な人生でございました。


 こんな人と同じ人間だなんて恥ずかしいよ。というか、彼らは本当に人間なのかな。偽物だって言われたほうが納得出来る。


 ぼっちゃまがそこまでお怒りになられるのは珍しいですね。


 当たり前でしょう。当然のように自殺しちゃってさ。それって逃げでしょう。


 どんなことがこの先に待ち受けていようともぼっちゃまだけは自殺なんてしないでください。


 するわけないよ! 料理長だって運転手だって執事だって、お母さんだってお父さんだって、もちろん、ばあやだってぼくを愛してくれている。自殺はみんなへの裏切りだもん。


 ふふふ、その調子でございますよ。


 教訓にはしたくないけど、こういう人がいるっていうことは知っておかなきゃね。


 ぼっちゃま。実はこのお話には明確な教訓がございます。


 なに?


 大切なことを人任せにしてはならない。人を人だと思っていないこの双子ですが、もし父が子供を殺すと分かっていれば、死にはしなかったでしょう。信頼は完璧を曇らせるのです。


 ……そうだね。そうなのかもね。おやすみ。


 おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。




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