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第24話

 ディーンとメイベルは、ヒューゴが生まれたことを亡き人たちに報告して回った。




 最初は、側妃フロリタの墓だ。


 先代王の計らいで、隣には恋人セリオの墓があった。


 ディーンが墓前に白百合の花束を供える。




「母上が命を懸けて僕を産んでくれたおかげで、僕は今とても幸せです。こうして息子にも恵まれました」




 ディーンがヒューゴを抱き、墓の傍に近づける。


 ヒューゴは墓に向かって手を伸ばす。


 冷たくてペタペタとした感触が楽しいのだろう。


 きゃっきゃと笑った。


 ヒューゴがここにいるのは、ディーンとメイベルが結ばれたから。


 二人が結ばれたのは、セリオが呪いをかけたから。


 ディーンの特殊魔法が未来視であったことから、フロリタの特殊魔法もまた未来視だったと想像がつく。


 フロリタは、未来をどこまで視たのだろうか。


 己の死?


 セリオの死?


 誰に何を託して、何を願いながら逝ったのか。


 夏の雲が空に育つ。


 ディーンは母親を思い、ヒューゴを強く抱きしめた。




 ◇◆◇




 メイベルは義母の墓の前に立った。


 この墓場までの道のりは、昔と違って人通りも多くなっていた。


 人身売買組織に襲われたのも、こんな雨の日だったと思い出す。




「お久しぶりです。以前に来たときから、ずいぶん間が開いてしまいました。実は私、妊娠していたんです。今日は息子を連れてきました」




 メイベルはヒューゴがよく見えるように、墓に向かってしゃがんだ。


 ディーンは二人が濡れないように傘をさす。






「ヒューゴと言います。とても賢くて元気なの。子育ては初めてですが、ディーンと協力して頑張っています」




 ヒューゴをディーンに渡し、メイベルは侍従からリンドウの花束を受け取る。


 それをそっと墓に供えた。




「お義母さんがいろいろなことを教えてくれたおかげで、私は王家に嫁いだ後もきちんとやれています。だから心配しないでくださいね」




 小雨がしとしと降り注ぐ。


 それが顔に落ちてきても、もうメイベルの顔に青痣は浮かばない。




 ◇◆◇




 リグリー侯爵家の領地に行くには、ある程度の時間が必要で、それを捻出しているうちに冬になった。


 ヒューゴは、メイベルの編んだ帽子と手袋と腹巻と靴下をつけている。


 馬車の中は寒くはないが、ヒューゴはお気に入りのそれらをいつでも身につけたがる。


 時折がたがたと揺れながら、ディーンとメイベルとヒューゴを乗せた馬車は、メイベルの両親が眠る丘へ向かっていた。


 メイベルにとってこの丘は、幼少期の思い出の場所だ。


 代々のリグリー侯爵家の祖先が眠り、領地を見守る丘。


 春には家族総出で、墓参りを兼ねたピクニックに来た。


 あの頃は誰も、青痣について言う人はいなかった。


 幸せな幼少期を過ごしたと思っている。




「ここに、メイベルの弟さんか妹さんのお墓もあるの?」


「いいえ、母のお腹にいた子は、そのまま母と一緒に埋葬されました」


「そうか。一緒の方が、安心かもしれないね」




 ディーンはヒューゴを抱き直す。


 メイベルは、息子を生むまでディーンがこんなに子煩悩だとは知らなかった。


 ディーンは、夫の顔、父親の顔、王弟の顔をうまく使い分けている。


 優しいばかりの顔では、貴族社会では舐められると、もうメイベルも分かっていた。


 妻として、母親として、王弟妃として、メイベルも強くならなくては。


 事故にあった両親が、最後まで子を護ろうとした姿に、メイベルは自分を重ねる。


 きっとディーンもメイベルも、ヒューゴを護るためなら盾になるだろう。


 それが親なのだ。


 両親の姿がメイベルのお手本だった。




「いい眺めだ。暖かい季節だったら、ピクニックをしたかったね」




 ディーンが領地を見下ろせる場所から、こちらを振り向く。




「昔はよくしていたんです。たくさんのサンドイッチを作ってもらって」


「いいね、楽しそうだ。ヒューゴがもう少し大きくなったら、また来ようよ」




 あ、とディーンが目を押さえる。


 この動作をするときは、未来が視えているのだと、メイベルは知っている。


 今の会話の何かがきっかけで、ディーンの特殊魔法が発動したのだ。




「おやおや、ビックリだ。次にここに来るときには――いや、黙っていたほうがいいかな。とにかく、楽しいことになっているよ」




 ディーンは笑みだけをメイベルに向けた。


 変えたくない未来については、影響を及ぼす要素は少ない方がいい。


 つまりディーンは正夢にしたい夢のように、黙っていなくてはいけないのだ。


 うずうずする口元を押さえているディーンを、メイベルは微笑ましく思う。


 それから両親の墓参りをした。


 ヒューゴが自慢げに、墓に向かってメイベルの手編みセットを見せていた。


 ここに眠るメイベルの母親が、その編み方を教えたことが分かっているように。


 メイベルは親になった報告をした。


 初めて領地の墓参りに来たディーンも、メイベルの両親にたくさんのことを話しているようだ。




 先ほどディーンが立っていた丘のてっぺんに、メイベルも立ってみた。


 小さいときは、ここが世界の全てだった。


 この領地で育ち、暮らし、嫁ぎ、生きて、死ぬと思っていた。


 青痣のあるメイベルを、両親は領地から出すつもりはなかったのかもしれない。


 ここで悪評にさらされることなく、幸せな人生のまま過ごさせる。


 メイベルは、それこそシェリーに馬鹿にされるくらい、貴族社会のマナーを知らなかった。


 外の世界を教えないことも、親の愛だったのだろう。




 だがメイベルはここから巣立った。


 今ではディーンの妻として、国内国外に目を配る毎日だ。


 そして両親が憂慮したであろう、青痣も消えた。


 義母にマナーを叩きこまれ、どこに出ても恥ずかしくない令嬢になった。


 胸を張ってディーンの隣にいられる。


 メイベルはそれをありがたく思った。


 何もかもが、偶然の先にある奇跡だ。


 巡り合うべくして巡り合った相手ではない。


 いくつもの複雑な糸が絡んだことで、つながった未来だ。


 メイベルは丘の上から、ディーンを振り返る。




「ディーンさま、これからもよろしくお願いします」


「急にどうしたの、そんな当たり前のことを聞いて? 僕がメイベルを手放すわけがないでしょう? メイベルはね、来世も僕のお嫁さんにするって決めているんだよ?」




 返ってきた重みのあるディーンの言葉に、メイベルは破顔一笑する。


 亡くなった人の上に、自分たちの未来を積み上げる。


 そうしてディーンとメイベルも、いずれ歴史となっていくのだ。


 メイベルはそれを嬉しく思う。


 誰かの礎になれる自分の人生が、愛しかった。


 丘から降りて、ディーンとヒューゴのもとへ行く。


 そしてメイベルは二人を抱きしめた。




「私も、ディーンさまのお嫁さんになりたいです。来世でも」


「約束しよう。来世でも、僕たちは出会って結婚する。たとえどんな困難があっても、メイベルを手に入れるまで、僕は諦めない」




 降り出した雪が、チラチラと舞う。




「必ず春にまた来よう。ここで黄色い野花が咲くのを見たい。目が見えない僕に黄色を教えてくれたとき、メイベルはここの風景を思い出したんでしょう?」


「よく分かりましたね。ここは幸せな思い出だらけなんです」


「さらに幸せな思い出を作ろう。僕たち家族の思い出を」




 なんて素敵な提案だろう。


 家族を一度に亡くしてしまったメイベルにとって、ディーンとヒューゴという新しい家族は宝物だ。




「ディーンさま、私、幸せです」


「奇遇だね、僕もだよ」




 気温は低く寒いはずだが、ディーンとメイベルの周りは、春色の空気に包まれていた。


 次にこの丘に来るときには、家族がもう一人増えている。


 それは、今はまだディーンだけが知る未来――。

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