嫉妬深いのはディーンだけではない。
メイベルも口に出すことはしないが、決してしない行為がある。
それはディーンの腕に、自らの腕を絡めることだ。
まるでそれが穢れた行いであるかのように、忌避している。
メイベルは、劇場で見たディーンとクラリッサの姿が忘れられないのだ。
腕を絡めて仲良く歩いていた二人。
思い出すたびに、どす黒いものがこみ上げてくる。
だからメイベルは手をつなぐ。
ディーンもメイベルが手をつなぐのが好きだと知っている。
服や手袋越しではなく、素手と素手で、手をつなぐ。
あなたは特別だと示すために。
◇◆◇
先代王に習い、少しずつ執務をするようになったディーン。
政事を面白いほど吸収していくディーンに、ジョージはますます怯えている。
特殊魔法の未来視を使って、北の砦に攻めてきた敵兵を防いだこともある。
前もって中隊を派遣していたおかげで、怯んだ相手が何もせずに逃げ帰ったのだ。
戦争を回避した功績は大きい。
臣下たちの評価はうなぎのぼりだ。
ジョージがハラハラするほどの活躍を見せる未来視だが、実はディーンがこれを多用しているのは私生活でだった。
この特殊魔法があると分かって、まずディーンが行ったのがメイベルとマシューの接点を潰すことだった。
マシューが王都に居る限り、接点がなくならないと知ったディーンは、容赦なくマシューを国境へ飛ばした。
赴任を命じるときに、一度だけ真正面からマシューと顔を合わせた。
短い銀髪に濃い紫の瞳。
たくましい体躯はディーンが持っていないものだ。
この男が一時ではあっても、メイベルの近くにいたことに憤りを覚える。
不甲斐ない自分のせいではあるのだが、それとこれとは別感情なのだ。
殺したい気持ちを視線に込めたら、どうやら相手に伝わったようでよかった。
(二度とメイベルに近づくな――)
マシューは勘の鋭い相手だ。
ディーンの言いたいことを、正しく理解してくれただろう。
そしてディーンは知っている。
メイベルがクラリッサに嫉妬していることを。
メイベルは気がついていないかもしれないが、ディーンの額と自分の額を絶対にくっつけない。
これは雪の結晶が出来上がるところを覗き込んだディーンが、うっかり距離を取り損ねてクラリッサの額に額をくっつけてしまったからだ。
うかつだった。
あれは恋人同士のすることだ。
それをメイベルの前で、クラリッサにしてしまった。
もしかしたら腕を絡ませるのを嫌がるのも、クラリッサが原因なのかもしれない。
ディーンはメイベルのそんな嫉妬を、とても愛しく思っている。
だからこうしてマシューに嫉妬するディーンのことも、メイベルは許してくれるだろうと判断している。
もうメイベル無しでは生きていけない。
真っ暗な人生に、初めて灯った温かな光。
左腕につねに感じていた優しい存在。
遠ざかってしまったときは、毎夜、悔やんだものだ。
だが、今は手の中にある。
大事に大事に。
握りつぶしてしまわないように。
他の人に奪われないように。
(僕の中に閉じ込めてあげる。僕しか見えないようにしてあげる。どうかこのまま僕に溺れて。これからも僕の愛をねだって)
メイベルの願いは全部叶えるから。
「呪いの青痣ごと、メイベルを僕にちょうだい」
◇◆◇
何も知らないころは、何も望まない二人だった。
しかし恋をして、それを失って、ディーンとメイベルは変わったのだ。
それまでは、不幸に慣れた二人だった。
自分たちが幸せになるなど、考えたこともなかっただろう。
だから最初は幸せを掴み損ねた。
でも、もう離さない。
ディーンはメイベルを甘やかす。
それはメイベルや侍従が驚くほどに。
寡黙で静かだったのは昔のこと。
ディーンは、雨が降るように、陽が差すように、メイベルに愛を囁く。
そしてその愛は、メイベルのお腹に子を宿す。
ディーンは知っていた。
この子が息子であることを。
そして治癒魔法の使い手であることを。
だから安心して、お腹が大きくなるメイベルを支えていたが。
一人、のっぴきならぬほどメイベルの妊娠に慌てている人物がいた。
先代王だ。
側妃フロリタの壮絶な出産シーンが、いまだトラウマなのだ。
未来視の使い手のディーンが、いくら「出産時、母子とも無事だから心配はいらない」と言ってもきかない。
先代王の命で、ディーンとメイベルが暮らす離宮に、最新の医療機器と施術体制が用意された。
医療チームによる、メイベルの一挙手一投足を見守る姿勢に、メイベルのほうが恐縮した。
王弟妃となったメイベルの妊娠に、王城中が注目している中、いよいよ陣痛が始まる。
もちろんディーンは最初から立ち会った。
メイベルが安心するように、ずっと手を握って励ます。
「大丈夫だよ、この子も元気だ、もうすぐ会えるからね」
初産だったので時間がかかった。
ほぼ一日中、唸っていたメイベル。
その隣でずっと看病し続けたディーン。
母子ともに体調に異変はなく、今か今かと皆がその瞬間を待ちわびた。
うろたえるばかりで役に立たない先代王は、ディーンの命で侍従が王城に閉じ込めた。
王城ではジョージも、そわつく気分を隠せないでいた。
そして離宮に産声が響く――。
「おぎゃあああ! おぎゃああああ!」
メイベルも息子も、ディーンの視た通り無事だった。
それというのも、息子が母体を癒しながら産まれてきたからだ。
赤子のときから治癒魔法が使えるのは、魔力量が多いせい。
王城中と言わず、国中が歓びに沸いた。
生まれた子は、ヒューゴと名付けられた。
ディーン譲りの金髪青目で、顔立ちはメイベルに似ていることから、ディーンがたいそう可愛がる。
メイベルも魔力量が多く、かなりの治癒魔法の使い手なのだが、ヒューゴはそれを上回った。
メイベルは診ようと思わないと治癒魔法が使えないのだが、ヒューゴは無意識でそれを使ってしまうのだ。
それが分かったのは、ジョージと王妃がヒューゴに会いに来たときのことだった。
生まれたばかりのヒューゴが、やたらとジョージに手を伸ばす。
抱っこされたいのかと思って、まんざらでもない顔でジョージはヒューゴに近づいた。
そしてジョージがヒューゴを腕に抱いた瞬間、ヒューゴの治癒魔法が発動し、ジョージの股間が光った。
あまりに間抜けな図に、ディーンは噴き出すのをこらえるのが間に合わなかった。
王妃は呆気に取られて、光るジョージの股間を見ている。
同じ治癒魔法の使い手であるメイベルだけが、その現象の意味するところに気がついた。
「もしかして、そちらに病気があったのではないでしょうか?」
股間と言うのがはばかられて、曖昧な単語になってしまったが、メイベルの言いたいことは伝わった。
「つまり、兄さんの股間にあった何らかの病気を、ヒューゴが治癒魔法で治したと?」
「はい、おそらくですが、これまで王妃さまが子を宿せなかった原因が、もしかしたらそこに……」
メイベルがいまだ光り続けるジョージのそこを見る。
ジョージに抱かれたかったわけでもなかったヒューゴは、ジョージの腕の中からディーンに手を伸ばしていた。
戻りたいという意思を感じて、ディーンがジョージからヒューゴを受け取る。
ジョージの股間から光が消えた。
ヒューゴはひと仕事したせいで眠くなったのか、口をむにゃむにゃさせ始める。
消えた光を見てメイベルの言葉を理解した王妃が、ハッとした顔をする。
「では、これからは私たちにも子が望めると……?」
最も後継者を期待されていながら、結婚して5年間、妊娠することがなかった王妃。
両目からポロポロと涙をこぼし、眠そうなヒューゴに「ありがとう、ありがとう」とお礼を言う。
ジョージも、ディーンとメイベルとヒューゴに頭を下げると、王妃とともに急いで帰っていった。
今からきっと、子作りをするんだろう。
王という地位に魅力を感じないディーンには分からないが、そこに縋りついているジョージに子が産まれてくれたら、息子のヒューゴは伸び伸び育てられると安心する。
貪欲になったディーンの思考は、完全に家族中心だった。