リグリー侯爵は20歳になったメイベルの婚約がまとまらず、いよいよ困っていた。
このままでは、19歳のシェリーまでが行き遅れてしまう。
リグリー侯爵はしぶしぶ、領地からシェリーを呼び戻すことにした。
シェリーもメイベルと同時進行で、婚約相手を探すしかなかった。
シェリーはやっと領地から王都へ戻れるとあって、大喜びをした。
毎日毎日、あの湾曲した万華鏡を握りしめ、お願いをしたかいがあった。
これでマシューさまと結ばれる。
シェリーは少しも疑っていなかった。
その証拠に、王都へ帰ってきたシェリーは、すぐに邸を抜け出した。
そのままサンダーズ伯爵家へ馬車を向かわせたが、門前払いをくらう。
「どうして通してくれないの!? 私とマシューさまは結ばれる運命なのよ!?」
「いい加減にしてください。リグリー侯爵家のかたは、サンダーズ伯爵家とは関わらない約束のはず。それにマシューさまは現在、邸にはいらっしゃいません」
うっかり門番が口をすべらせた情報を、シェリーは聞き逃さない。
大人しく引き返すふりをして、シェリーは友人たちの邸を訪ね回る。
「マシューさまの居場所を知らない?」
義姉の婚約者に懸想して、夜這いまでしたシェリーのことを面白がり、ある令息が教えてくれた。
「マシューさまなら今、魔法師団長のもとでしごかれているよ。直属の部下になって、クルス国とこちらを行ったり来たりしているらしい」
「サンダーズ伯爵家で待ち伏せしていても会えないってこと?」
「おそらくね。それよりは魔法師団長の仕事場の周辺で、待ち伏せしたほうがいいんじゃない?」
有力な情報だ。
ありがとうとお礼を言って、その日はリグリー侯爵家へ帰った。
そしてシェリーの日参が始まった。
「シェリー、毎日どこへ行っているんだ? そろそろお前も身を固めるんだから、遊び歩くのもいい加減にしなさい」
このところ、うるさくなったリグリー侯爵が、外出着のシェリーを見つけて小言を言う。
身を固めるためにマシューの待ち伏せをしているというのに、まったく分かってない。
うんざりした顔でシェリーは反論する。
「お父さま、私なりに身を固めるために動いているのです。引きこもっているメイベルのようになれと言うの? そうしていたらお婿さんが見つかるの? 違うでしょう? 見つかっているのならば、メイベルは今日も編み物なんかしていないわ!」
ぐうっと黙った父親をふんと鼻で笑い、シェリーは意気揚々と邸を出る。
今日も魔法師団長の仕事場を張り込むのだ。
季節は春になっていた。
おかげでシェリーの待ち伏せも、寒さ的にはつらくはない。
ただ馬車の中に座り続けるので、お尻が痛くなるだけで。
だがそこは、愛の力で乗り越える。
(今日こそ会える気がする)
シェリーはいつもの御者を呼ぶ。
御者も慣れたもので、シェリーが何も言わなくても待ち伏せの場所へ馬車を向かわせた。
堂々と道端に馬車を停めて、そこで数時間、魔法師団の建物の出入り口を眺めるのが御者の仕事だ。
銀髪の男性が出てきたらシェリーに教えるように言われている。
銀髪はこの国では珍しい。
この数日、そんな人は見かけなかった。
だが眺めているだけで金貨がもらえるので、御者はこの仕事が嫌ではなかった。
今日も数時間が経過し、そろそろ帰る時間になったときだった。
出入り口から銀髪の男性が歩いて出てきた。
もう春だというのに、ふわふわした茶色のマフラーをしている。
なんだか御者はそのマフラーを見て誰かを思い出しかけたが、それよりもシェリーに教えることを優先した。
「シェリーさま、出てきました! 銀髪の男性です!」
「え!? マシューさま!?」
シェリーはすぐに馬車を降り、銀髪の男性がマシューであると分かると、走って追いかけた。
「マシューさま! 待って! 私です! シェリーです!」
マシューは思いもよらない人物に呼び止められ、面食らった。
こんな場所で誰かに会うなんて、待ち伏せされていたとしか思えない。
嫌な顔を隠せなかったマシューだが、シェリーは怯まない。
「よかった! ようやく会えましたね! 私たち、結ばれるんですよ! 全てこれのおかげです!」
シェリーは高々と湾曲した万華鏡を掲げて見せた。
それを見たマシューが驚愕する。
それを探すために、マシューはクルス国に何度も飛ばされているのだ。
隙をみてメイベルに会いに行こうとしても、そんな隙を許さないほどの過密スケジュールが組まれている。
今も、見つかりませんでしたと魔法師団長に報告を済ませてきたところだ。
そんな曰くの品物を、シェリーが握りしめている。
マシューはシェリーの腕ごと、湾曲した万華鏡をつかんだ。
「こ、これを……ど、どこで!?」
マシューがどもるのも仕方がない。
これを魔法師団総動員で探していたのだ。
マシューに注目してもらえて嬉しいシェリーは胸を張る。
「我が家の領地です! よく当たるという占い師が、私とマシューさまが結ばれるためにと提供してくれたんです! 私、教えられたとおりに、満月の夜に血を捧げてお願いしました!」
マシューは魔法師団長の直属の部下になったとき、呪いの魔道具についての説明を受けた。
セリオのかけた呪いがあいまいだったせいで、ディーンだけでなく、メイベルも呪いの影響を受けた可能性があることを。
魔法師団長がマシューに話してくれたのは、おそらく、メイベルがマシューの元婚約者であったことも考慮されていたのだろう。
だからシェリーの発言を聞いて、マシューはガバリと頭を下げた。
すぐにでもその魔道具を魔法師団長のもとに持っていかなくてはならない。
「この魔道具を譲ってもらえないか? 条件なら何でも聞く」
「え? マシューさま、これが欲しいんですか? でも、もう二人が結ばれるっていう願い事はしたんですよ?」
「どうしても欲しいんだ。頼む」
「え~、どうしようかな? じゃあ、メイベルみたいにデートに誘ってくれますか? 私もマシューさまにうんと甘やかされたいな~」
シェリーが体をくねくねさせながら、チラリとマシューを伺う。
マシューは迷わなかった。
「分かった、明日にでも行こう。だからこれを今、譲って欲しい」
「いいですよ! じゃあ、明日はここで、同じ時間に待ち合わせしましょ!」
シェリーはルンルンで、惜しげもなく薄汚い万華鏡をマシューに手渡した。
もう願い事が叶ったと思っているシェリーには、不要のものだったからだ。
シェリーの頭の中は、すでに明日のデートのことで一杯だ。
「マシューさま、私、明日のドレスのことで今から忙しくなりそうなので、先に失礼しますね! どこに連れて行ってくれるのか、楽しみにしてますわ!」
シェリーは待たせていた馬車に乗って、さっさと帰っていった。
マシューも出てきた建物に戻った。
階段を一段とばしで駆け、魔法師団長の部屋を目指した。
温かくなっても外せなかったマフラーに、マシューの上がる息がこもる。
(メイベル――)
茶色の毛糸で編んでもらったのは、マシューの希望だった。
メイベルの髪の色と同じマフラーがいいと、わざわざ言ったのだ。
メイベルは照れながらも、質感まで似た毛糸で編んでくれた。
ふわふわしていて茶色くて、可愛いメイベルの髪。
その髪に顔をうずめているようで、マシューは春になってもずっとマフラーを手放せなかった。
今、メイベルが青痣に苦しめられているのなら、それを救うのは私でありたい。
その思いで、厳しい魔法師団長のしごきにも耐えてきた。
二人が、もう二度と一緒になれないとしても、思いは変わらない。
大切なメイベル、愛している。
「失礼します、魔法師団長! 呪いの魔道具が見つかりました!」
ノックも忘れて、マシューは魔法師団長室に飛び込んだ。