先代王は正妃と愛し合って結ばれた。
しかし正妃には魔力がなく、生まれた王子ジョージの魔力量は少なかった。
これを危惧した臣下たちから、魔力量の多い側妃を娶り、魔力量の多い王族を残すべきだと意見が上がる。
そもそも臣下たちの反対を押し切って、魔力のない正妃と結婚した先代王だった。
そう何度も意見に反対することが出来ず、臣下たちが選んでつれてきた小国クルス国の王女フロリタを側妃として迎えた。
正妃を愛していた先代王は、義務として嫌々フロリタを抱いた。
子が出来るまでの我慢だと思った。
そしてフロリタは子を孕む。
やっと解放されると先代王は喜んだ。
きっと正妃も長らく苦しんだだろう。
もう魔力のない自分を責めなくていい。
これまで以上に正妃を大事にし、決して生まれる子に嫉妬しないよう配慮した。
魔力量が中ほどの先代王と、魔力量が多いフロリタとの子だ。
ジョージよりも魔力量が少ないことは考えられない。
そして実際に、魔力量の多いディーンが生まれたのだが。
先代王はディーンの生まれた夜を思い出す。
外は大雨で、雷も鳴っていた。
出産日を過ぎても陣痛がこなかったフロリタに、その日、無理やり人の手で陣痛を起こしたのだ。
かなり母体が危険であると先代王に声がかかったのは、陣痛が始まってずいぶん経ってからだった。
ジョージのときが安産だったので、先代王には危険という言葉がピンときていなかった。
取りあえず向かった側妃の部屋で、先代王は大量の血にまみれたフロリタの姿を見ることになる。
「なんだ……これは?」
お下がりください、血で汚れます、と注意する産婆を押しのけ、先代王はフロリタへ近づいた。
うめき声をあげ苦しむフロリタが、しきりに誰かを呼んでいた。
「気をしっかり持て!」
先代王は手を握り、意識がもうろうとしているフロリタを励ます。
握り返された先代王の手は、骨が折れるかと思うほど軋んだ。
「うぅ……セリオ……セリオ……ごめんなさい」
涙を流しフロリタは繰り返し謝っている。
(誰だ、セリオとは?)
疑問に思ったが、事態は一刻を争う。
「すぐに生まれる、大丈夫だ!」
先代王は正妃のときのように、とにかく安心させなくてはと思った。
しかしすでに、フロリタは死出の旅路へ向かっていた。
焦点の定まらぬ瞳で、空を見つめる。
「セリオ、愛しい人……どうか幸せに……」
先代王の手を力強く握っていたフロリタだったが、その手がパタリとシーツへ落ちる。
先代王を一度も見なかったフロリタ。
その瞳が最期に見ていたのは、己の愛する人だったのだろうか。
そして先代王は初めて、フロリタに恋人がいたことを知る。
魔法大国であるウィロビー王国から側妃の打診を受けて、小国クルス国が断れるはずがない。
フロリタは恋人セリオと別れさせられ、嫁いで来たのだ。
それを、先代王は義務だけで抱いた。
子さえ孕めばいいと、いい加減な抱き方をした。
フロリタも感情を持つ人間であると、どうして気がつかなかった。
悲劇の主人公は自分たちだと、正妃と慰め合っていたが。
悲劇の主人公はここにもいたのだ。
フロリタとセリオ。
引き裂かれた二人。
先代王が愛を貫いたせいで、フロリタの愛は壊された。
おぎゃああああ!!
フロリタが息を引き取ったことで、産婆が容赦なく赤子を引っ張りだした。
血だらけの体を湯に浸けられ、ほわあほわあと泣く赤子。
魔力量の多いことはすぐに分かった。
臣下たちは王子であることを喜んだ。
もしジョージに不都合があっても、替えがあると。
しかし、そう上手くはいかない。
医師により、赤子は目が見えていないと診断された。
そして産んだフロリタも、もうこの世にはいない。
臣下たちは静まり返った。
ザアザアと振り続ける豪雨と、血だらけで死んだフロリタの体を照らす雷光。
白い御包みの中で、ぽっかりと開いた赤子の瞳は、先代王と同じ緑色だった。
先代王はその光景が、いまだに脳裏から離れない。
自分たちの犯した罪の末路がそこにあった。
先代王はその後、臣下にセリオについて尋ねた。
臣下はしぶしぶ、フロリタの元婚約者だったと口を割った。
ウィロビー王国に側妃としてフロリタを連れてくるため、セリオとの婚約を解消させたのだ。
フロリタとセリオは幼馴染として小さな頃から仲良く育ち、自然とお互いを思い合うようになった。
セリオはクルス国では高位の貴族であるにも関わらず、いつもフロリタのそばに居たいからと護衛騎士になった。
国中がそれを知っていて見守っている、そんな恋仲だったという。
まもなく結婚という幸せな時期に、二人は引き裂かれた。
セリオはフロリタを連れて国外へ逃げようとしたところを、捕まえられて牢に繋がれた。
その隙に、臣下たちはフロリタをこの国へ連れてきたのだ。
それからセリオがどうなったのか、臣下にも分からないという。
先代王は頭を抱えた。
なんてことをしてしまったのかと。
自分が適当に扱ったフロリタは、セリオの大切な人だった。
王女であることも高位貴族であることも捨てて、二人は駆け落ちするほどに愛しあっていたのだ。
罪の深さに震えた。
フロリタが生んだ王子は、ディーンと名付けられる。
先代王はせめてもの罪滅ぼしに、ディーンの目が見えるよう手を尽くした。
国に数人いるかいないかという治癒魔法の使い手を探したり、医療の発達した国から医師団を招いたり、最先端の医薬品にだって惜しみなく金を注いだ。
だが違ったのだ。
ディーンの目は健康で、見えないのは呪いのせい。
そう、自分たちのせいだった。
「魔法師団長、セリオの行方を追ってくれ」
「かしこまりました」
魔法師団長は特殊魔法持ちだ。
それも世になかなか生まれない、千里眼の使い手だった。
見たいと思うものを、望む限りあまねく見ることが出来る。
セリオの探索にはおあつらえ向きだった。
「探す地域を絞るために、もう少し情報を集めます。どうか今しばらくのお時間をいただきたく思います」
「分かった。なるべく早く頼む」
魔法師団長が執務室を出ていったあとも、先代王は考えに沈んだ。
セリオ――どんな気持ちで愛する女が生む子を呪ったのか。
その子には確かに、愛する女の血も流れているというのに。
ディーンは、真っ直ぐな金髪だったフロリタとそっくりの髪を持つ。
瞳の色こそ先代王と同じだが、顔つきは繊細で美しく、フロリタを彷彿とさせた。
「もし、正妃が儂以外の男に嫁ぎ、子を孕んだとしたら……」
子を呪うだろうか?
それともその子に流れる、正妃の血を愛することが出来るだろうか?
答えは永遠に出そうになかった。
◇◆◇
魔法師団長は魔法師たちを集め、諜報活動を命じる。
クルス国の王女だったフロリタの元婚約者、セリオについての情報を得るために。
透視、読心、遠耳……。
ありとあらゆる特殊魔法の使い手が、一気にクルス国を調べ上げる。
セリオが表舞台にいたのは20年以上も前だ。
王女の恋人として、庶民にも恋物語が伝わっていた護衛騎士の身分は、駆け落ちをしようとしたことではく奪されただろう。
元々は高位貴族だっただろうが、一族からは犯罪者として放逐されたかもしれない。
だが、呪いが継続しているのなら、必ず発動させた人物は生きている。
セリオの親族を辿り、当時の裁判記録を見直し、こぼれる噂話を拾う。
優秀な魔法師たちにより、牢に繋がれた以降のセリオの、20年の溝が埋められていく。
おそらくこの地域にいるだろうと絞られてからは、魔法師団長が千里眼でしらみつぶしに捜索した。
セリオが闇魔法の使い手であることは発覚している。
あとは本人の居場所さえ分かれば――。
「いたぞ。すぐに遠距離移動ができる魔法師を呼んでくれ。現地へ向かう」
魔法師団長がセリオを発見したのは、先代王が依頼をしてから3週間後のことだった。