「エアハルトさまは勘違いしているのよ! 貧しくてみじめな女を憐れんでいるだけ! あれは優しさであって恋ではないわ! わたくしが本当の恋を、これから教えて差し上げるつもりだったの!」
ぷりぷりと怒るヨゼフィーネを、シュテファンとマルセルが詰問する。
「それはお前の勝手な判断だろう? エアハルトへ届く手紙や、エアハルトが出す手紙を、権力に物を言わせて抜き取っていたらしいじゃないか」
「中身を盗み見て、自分のいいように解釈したんだよな? 侍女にクラーラ王女の手紙を偽造させて、終いには連絡が途絶えたとエアハルトに誤解させたんだって? 罪を犯してまで他人の恋路の邪魔をするなんて、呆れるぜ!」
「クラーラ王女? あの女は王女なんて身の上じゃないわ。しがない見習いシスターよ。エアハルトさまも、子ども騙しのようなプレゼントばかり選んでいたし。本当に王女ならば、宝石のひとつでも贈るでしょう?」
きょとんとするヨゼフィーネに、兄弟は顔を見合わせる。
どっちが説明する? と眼でコンタクトを取っていた。
だが、それを遮って、国王がヨゼフィーネに語りかけた。
そこには親としての慈愛と、国王としての厳格さが、苦しみと共にない交ぜになっていた。
「ヨゼフィーネよ、クラーラ王女が王女であるのは事実じゃ。これまでの封筒には、姓が書かれていなかったらしいな……差出人名が違うのに侍女が気づいて、慌てて自供してきたわけじゃが……しかし、相手が王女であっても見習いシスターであっても、ヨゼフィーネが他人の手紙を勝手に見ることは許されぬ。それは分かっておるか?」
「配達事業は国営なんでしょう? だったら、王族が手紙の内容を検めるのも、仕事のひとつだって……」
ちらり、とヨゼフィーネが侍女長を見た。
これは侍女長の入れ知恵だろう。
視線が集まった侍女長だが、まったく悪びれもしない。
「姫さまにはその権利がありますわ! 恋しい殿方の心の内が知りたいと思うのは、乙女として当然の――」
「検閲が承認される場面は、法で厳しく定められている。乙女心などという世迷い事で、容易く許されるものではない」
シュテファンが手厳しく断言する。
びくり、と肩をそびやかした侍女長だが、いまだその豪胆は衰えない。
「姫さまから婚約を申し込まれているにも関わらず、他の女に現を抜かすなど不敬です。エアハルトさまに不義の疑いがある以上、監視する必要があります!」
「不義ではないだろう? エアハルトは最初からこれを相手にしていなかった。それなのに父上が変に慮って、あれこれと理由をつけ軟禁していたんだ。非はこちらにある!」
シュテファンが国王を睨みつけた。
諸悪の根源はここなのだ。
ヨゼフィーネももちろん悪いが、娘を甘やかすばかりで躾けることなく、忠実な臣下であるエアハルトへ迷惑をかけ続けた。
「父上、分かっていますよね? 私は予め忠告していました。ここまでひどい結果になるとは、思いませんでしたが」
「儂がヨゼフィーネに、ちゃんと言って聞かせるから、あまり過重な仕置きは――」
「仕置きなんてもので済むはずがないでしょう? ヨゼフィーネが無礼を働いた相手は、オルコット王国のクラーラ王女と、ベルンシュタイン辺境伯家のエアハルトなんですよ?」
いくらキースリング国が強国と言えど、他国の王族を軽んじれば、生じた軋轢はやがて己の首を絞める。
さらには独自の戦力を有する辺境伯家を敵に回せば、いつその牙を剥かれるか分かったものではない。
それを理解しているから、国王は眉尻を下げた。
だが、ヨゼフィーネには対岸の火事だ。
「恋は障害があるほど燃えるのよ。冤罪で牢に囚われたわたくしの姿を見れば、エアハルトさまは心がかき乱されるはずだわ。そして憐れなわたくしに跪き、必ずお助けしますと約束してくれるの。これこそ真実の愛よ!」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、やっぱり馬鹿だったな!」
マルセルが一刀両断する。
「兄上、ヨゼフィーネはもう表に出さないほうがいい。父上と一緒に、辺鄙な田舎で一生暮らしてもらおう」
「奇遇だな、私もそう思っていた。牢なんて近場に置いておくよりも、遠くへやってしまおう」
兄弟の間で話はついた。
それを聞いて慌てたのはヨゼフィーネだ。
「勝手に決めないでちょうだい! 今からが本番なのよ! ここからわたくしとエアハルトさまの、恋の物語が始まるんだから!」
「そんな物語は存在しない」
シュテファンは騎士に合図し、ヨゼフィーネと侍女長を立たせると、部屋へ軟禁するよう指示を出す。
ぎゃーぎゃーと騒ぐヨゼフィーネを無視して、兄弟はこれからの対応に頭を悩ませる。
「どうやってエアハルトに話を持っていくべきか」
「正直に何もかも話して、詫びとして父上の首を差し出すしかないだろ」
「おい! 儂の命を軽々しく扱うな!」
王家の三人は、困窮した顔を隠しもせず、夜が明けるまで苦悩した。
しかし、さしたる妙案は浮かばず、とにかく雁首を並べてエアハルトの部屋へ謝罪に赴いた。
ところが――。
「エアハルトさまは高熱にうなされていて、とても面会できる状態ではありません」
当のエアハルトが寝込んでおり、診断した医師に断りを入れられてしまった。
(これでしばらくは命が長らえた)
これが三人の共通する思いだった。
だが、数日もせぬ内に、新たな問題が発生するのだった。
◇◆◇◆
「オルコット王国のクラーラ王女と、ベルンシュタイン辺境伯が、訴状を携えて儂に面会を求めているじゃと? 寄りにもよって、エアハルトが病床に伏しておる今か?」
寸でのところで首がつながった国王は、シュテファンとマルセルに叱られ反省し、蟄居する場所が決まるまで真面目な仕事ぶりを見せているところだった。
そこへやってきたのは、あの貧乏くじを引かされた初老の侍従だ。
「エアハルトさまの件で、と仰っています」
「そうじゃろうなあ……それ以外は考えられぬよなあ」
この何日かで、げっそりと痩せた国王が肩を落とす。
さすがにシュテファンも可哀想だと思ったのか、その場に臨席すると告げた。
「ひたすら謝るしかありませんね、父上。あれの犯した罪は重い。補償に関してもこちらが下手に出ましょう」
「ヨゼフィーネに善悪を教えなかったのは、父上だけの責任じゃないけど、こうなったときに頭をさげないといけないのは父上なんだよなあ」
マルセルが執務室に残って仕事引き受けてくれるらしい。
国王はぐすんと洟を啜り、立派に成長した兄弟を眩しい思いで見た。
「お前たちがしっかりしていて、儂は嬉しい。安心して後を任せられる」
「私たちは厳しい母上に育てられましたから」
「ヨゼフィーネは、母上と過ごした時間がほとんどないもんな」
三人の間に、しんみりした空気が流れた。
王妃はヨゼフィーネを産んだ後、肥立ちが悪くて一年もせずに亡くなった。
母のいないヨゼフィーネを、王城中のみんなが甘やかしてしまったのだ。
その筆頭が侍女長であろう。
だが後悔をしても現状は変わらない。
気持ちを切り替え、シュテファンが謁見室へ向かうために立ち上がる。
「そんな事情は相手方には関係のないこと。もしかしたらあれの身柄を、要求されるかもしれません。そのときは――」
「それだけは、なんとか護ってやれんかのう。儂の首なら、いくらでも差し出すから……」
「――ベルンシュタイン辺境伯家当主カロリーネ次第でしょうね。エアハルトも頭の上がらない相手だと聞いています。逆にオルコット王国のクラーラ王女なら、情に訴えれば何とかなるかもしれませんよ」
あのエアハルトが選んだ相手だ。
きっと優しいに違いない。
「さあ、父上も腹をくくってください。行きますよ!」